BIZENアングラ・アングラーズ
フライフイッシングとフライタイイングに関する話題など
201707<<12345678910111213141516171819202122232425262728293031>>201709
北海サファリ
 ものすごい体験をした。

 おとつい、
 友人と二人ですこし遠出をして暗くなるまでみっちり釣って、
 帰宅するのは面倒だしたまには山奥で寝たいなとおもって、
 友人と別れてから釣り場の近所にあるキャンプ場跡みたいなところに行った。
 ひさしぶりだ。

 見事な名月の夜で、
 なぜか夜が更けると風が強くなった。
 月明かりに照らされて、
 影絵のようなシルエットになった山の木々がザワザワ揺れているのを、
 飽きずに眺めてからクルマに敷きっぱなしの万年シェラフにもぐってぐっすり寝た。

 翌朝、
 といっても正午まえくらい、
 太陽はカッカと照りつけ初夏をスルーしていまやいきなりの猛暑酷暑。
 当日の当地の気温35度越えて・・・なんやそれ?

 道の両側には背丈ほどもある雑草が生い茂っている。
 その向こうがわには広大な牧草地が広がっていて、
 そのはるか向こうが深い森の樹海につながっている山間の小道。
 周囲何キロかは民家もなんにもない。

 その小道を、
 ガンガンとレゲエを爆音で鳴らしながら、
 窓全開で風を受けて、
 チンタラチンタラテレッテレとゆっくりクルマ走らせていた。

 この日は、
 カンカン照りの真昼間にもかかわらず、
 道のカーブを曲がるたびに、
 小道でたむろしていた鹿やキツネやタヌキや兎の小動物オールスターズがワラワラ逃げまどい、
 「さすが北海サファリや」と愉快だった。

 この小道は、
 深夜に走ろうものならいつも道のそこかしこオールスターズだらけでまともに走れないくらい。
 なので、
 個人的に北海サファリと呼んでいるお気に入りの山道なのだ。

 それはおいといて、
 「くっそあっち~」とウダりながらテレテレ走っていたとき、
 とあるカーブをまがると、
 そこにでっかい角が生えそろいはじめている雄シカが道の真ん中でボ~~~ッとしていた。
 ゆっくり近づくとノタノタッと雑草の茂みに消えた。
 ものすごい暑そうでグデグデで笑った。
 陽の光に反射して琥珀のように輝いている体毛にうっとり見惚れた。

 ケモノも鳥も虫もサカナも命あるものはすべて、
 陽の光の下でこそ本当の美しさを発揮する。
 
 これは、
 フライタイイングから学んだ自然界の摂理であり真実だと確信している。

 で、
 もうすっかり愉しくなって、
 弾んだ気持ちで
 「さあ次はなんや?」
 と期待しながらカーブをまがると、
 運転席側の茂みからなんと!ドドドッとヒグマが飛び出してきて道をわたり、
 一瞬で反対側の茂みに消えた。

 ほとんど徐行運転なので、
 いきなりの出現にもさほどあわてることなく、
 むしろすごい落ち着いていてキキッとブレーキを踏んでスピードをゆるめた。

 そのときは、
 それほど巨大には見えずまだ若いヒグマかなとおもった。

 とはいえ、
 でっかいケモノが草の茂みにド~ンと身体ごと飛び込んだように見えたのに、
 そういえば草がほとんど揺れていない。
 それがすごく印象的だった。

 で、
 森の王様の唐突なお出ましに超ラッキーやと大喜びしながら、
 「うおおおうっ」
 と興奮しつつ視線はクマが消えた方角に……、

 そしたらそのとき、
 視線とは反対側のヒグマが飛び出て来たほうの雑草の茂みのなかから、
 小さな黒いものがポーンと飛び出してくるのがチラッと視界を掠めた。

 ウワッ!とおどろいてメッチャ急ブレーキ。

 間一髪やった。
 ぶつからなくてほんとによかった。
 
 母グマのあとを追って飛び出してきた小熊が、
 クルマの真ん前で腰を抜かしたようになって、
 ペタッとへたり込んでしまった。

 そのときは、
 余裕しゃくしゃくで、
 「うわ~、びっくりしたやろな~、かわいそうに。はよお母さん追いかけていきや」
 みたいな慈悲と慈愛に満ち溢れていた。

 が、

 グギョギョ~~~~~~~~~~~~
 そんなかんじやった。
 いきなり小熊があらんかぎりの甲高い声で吠え叫んだんやわ。

 そのつぎの瞬間、
 バッサバサバサーッとぶっとい雑草をバッキバキなぎ倒して、
 骨の髄から怒り狂った形相の母グマがドンッ!と茂みのなかから躍り出てきた。
 そして小熊のまえで仁王立ちになって立ちはだかった。
 さっきあわてて道を渡っていったときにかんじた大きさどころではなく、
 立ち上がった母グマは大げさに言わせてもらうと3倍くらい巨大に映った。
 
 で、
 グワッとたちあがったヒグマの巨体がバーンと弾けるようにひるがえって、
 一瞬で運転席の側に母グマがせまってきた。
 それで、
 ボクを威嚇してる母グマを運転席からちょうど見下ろすようなカッコになった。
 全身の毛が逆立つようにふくらんでいて、
 ハラワタが揺れるというか心臓をギュッと握られるような重低音の唸り声がビリビリ周囲に響きわたった。
 まるで強靭で鋭利な武器のような犬歯?がズラッと並んで剥き出しになっており、
 歪んだ口元がブルブル震えていた。
 このときほんとに一瞬やとおもうけど目と目がビタッとかちあった。
 殺意のこもった視線と空気がのしかかってくるようだった。
 本気で「殺られる!」と本能の奥底で感じた。

 で、
 母グマがグワッと身体を起こして、
 目と鼻の先までせまってきて、
 なんちゅうか鼻をつく臭いというか気配というか、
 「匂い」なのか「気」なのか、
 よくわからないケモノ臭が塊のようになってボクの鼻孔を突き抜け、
 脳天に直接ガッツーンとくるような圧力をモロに受けてウッとむせかえったのと、
 おもわずクルマをバックさせたのがほぼ同時やった。

 クルマの窓に手をかけようとした母グマが地面に手をついて、
 クルマを追いかけるような、
 追い払うようなそぶりで威嚇してきたけど、
 すぐ追いかけるのをやめてくれたので、
 10メートルかな?
 それ以上かも?
 もうわからん。
 けど、
 母グマの表情は鮮明にわかるくらいの距離で止まったんやわ。

 そしたら母グマがグワーッと立ちあがって、
 そのままこっちの様子をうかがってるというか、
 しばらく睨みあいになった。

 
 どのくらいそうしていたのか、
 もうそういう時間感覚がまったくなくなっていて、
 視線と意識は母グマの表情の変化だけに集中していて……、

 なんでかというと、
 あとからつくづくおもってんけど、
 母グマはこの間クルマそのものではなく、
 クルマのなかにいるボクをちゃんと認識していた。
 そして、
 ず~~っとボクのことを睨みつけてた。
 
 どうなるんや?

 とおもってからも、
 だいぶそのまま睨みあっていたようにおもうんやけど、
 あるとき、
 母グマの視線がチラッと動いたような、
 ボクから注意を逸らしたような、
 そんな一瞬があって「あっ」とおもったつぎの瞬間、
 それまでものすごい巨体で仁王立ちになっていた母グマが急にしぼんだようになって地面にパッと前足をついて跳ねあがると、
 忽然と視界から消えた。

 え?

 とおもったときには、
 牧草地帯を走り抜けて、
 はるか向こうの森のなかに脱兎のごとく駆けながら消えていく小グマと、
 そのあとをまるで宙を飛ぶようにグングン追いかけていく母グマの後ろ姿が見えた。

 いまになっておもうに、
 母グマは子供が安全な場所まで逃げるのを待っていたのかもしれない。
 で、
 それを確認したので無用な争いを避けてくれたのだろう。

 心臓がドッドッドッと早鐘のごとく鳴りやまず、
 汗ビッショリかいて、
 しばらくそのまま放心状態。

 かんがえてみれば、
 運転が下手でヘタレなじぶんが、
 この小道を後方確認もせずいきなりバックして走ってよくぞ何事もなく……、
 あらためて心底ホッとした。

 ってゆーか、
 ず~~~っと窓全開のまんまだったことに、
 落ち着いてから気がついた。

 そして、
 この間ずっとズッカンズッカン大音量で鳴り響いていたレゲエ・ミュージック。

 してみると、
 おそらくあの親子はレゲエを聴いた世界で初めての野性のヒグマなのか?、
 などと感慨深くもあったが、
 あの遭遇の最中、
 まったくなにも聴こえなかった。
 無音。
 まるで無音映画のコマ送りのように音のない場面が刻々変化していくような感覚。
 そしてそんな場面のひとつひとつが、
 ぼくの魂のなかに鮮烈に焼き付けられていった。
 とても非現実的……。
 そのなかで、
 子グマの悲鳴や母グマの唸り声と息遣いだけが激烈な存在感でぼくの耳と脳髄の奥に残響としてのこった。

 自分にも、
 そしてなによりもなによりもあの親子に、
 何事もなくてほんとによかった。

 一歩まちがえれば、
 大惨事になるところだったかもしれない。

 そうなったらあの親子がまず不幸になる。
 それはいやだ。

 そして、
 惨事になれば自分は自業自得としても、
 周囲の方々に迷惑と心配をかけてしまう。
 それだけは避けたい。

 だが、
 無事にやり過ごすことが出来て、
 それゆえにこの体験は一生忘れ得ない貴重で美しい思い出の財産として変換され、
 こうしてありのままを書き散らせる幸運に感謝したい。

 かつて、
 これまで何度か遭遇したヒグマたちは、
 クルマのなかから見たときも河原で出会ったときも、
 すべて駆け逃げていく後ろ姿ばかりだった。
 もちろんそれらの体験も深く感動した。
 だが、
 本気で怒り狂ってパニックになったヒグマの表情をまじかでまざまざと見てしまった。
 あのときに感じた「人智叡智などかるく突き抜けた恐怖と畏怖の感動」の念を、
 最近ちょっと調子こいていた自分への戒めとして、
 けして忘れないようにしたい。
 自然のなかではいつも謙虚であろうとあらためて誓った。

 空気そのものが光り輝いているような、
 うんざりするほど透明な北国の夏空のした、
 白昼堂々のできごと。

 
つれづれ
 ささやかな暑気払いになりますかどうか。

 函館にいたころ、
 足しげく通っていた釣り場がある。
 そこに、
 お気に入りの車中泊スポットがあった。
 すばらしく雄大な景色が広がっているのに、
 誰とも会うことなく誰はばかることなく、
 寝泊まりできる山奥の小さな広場。

 広場のガードレールのむこう側は夏草生い茂る切り立った崖、
 そこから眼下に見わたす限り広大な樹海のパノラマ。
 小さな尾根が重なりあうように山並みが広がっている。

 これまで何日もここで車中泊しているけれど、
 ほかのクルマが来たことがあるのは一回。
 
 ヒトの気配がまったく感じられない大自然。
 そんなところにクルマでお手軽かつ快適にそして自由にお泊りできるっていうのがたまらなくゴージャス。
 すばらしい。

 昨年の初秋、
 いつものように函館から7時間かけてひた走り、
 夕方まだ明るいうちに到着。
 そして、
 見わたす限りの森深い山並みを舞台に繰り広げられる、
 ものすごいスケールの夕焼けを独り占めしながらゆっくり食事して、
 パジャマに着替えて歯磨きながらそのへんウロウロして、
 立ちションしてグッスリ熟睡。

 


 翌早朝未明、
 我慢に我慢を重ねたけれど耐えきれず、
 立ちションしようと寝ぼけまなこでクルマの外に出たら……、

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 じぶんのクルマの真ん前にコレ書いてあった。

 え?

 なんなん?

 どうゆうこと?
 
 なにしたん?

 この崖、
 降りたん?
 ほんで、
 探しにいったん?

 てゆーかココ、
 降りれるん?


 ちゅーかきのう、
 ここに来たとき、
 まだふつうに明るかったしそのへんウロウロもした。
 のに、
 なんでこんなデカデカしたのに気ィつかへんかったん?じぶん…。

 え?
 どゆこと??????

 え?
 
 だれ?
 
 え~~?
 なんなん?????

 クエスチョンがとめどなくいっぱい。

 わけがわからないだけに、
 そして場所が場所なだけに、
 あるいみホンマモンに会うよりも……、

 ワッケわからんのはやっぱビビるで~。

 それはそれとして、 
 わたし、
 この春この近所に引っ越してきたんですよ。



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 このリールの真骨頂は、
 なんといってもドラグ鳴らした逆転音。

 チィィィィィ~~~~ンなんつって、
 シルキーでなんともいえない耳触りの、
 快感を増幅させる乾いたクリック音にキュンとなる。

 くしくも、
 函館での9年間で培った方々との交わりのなかで学んだ、
 「清濁あわせ飲む」
 良くも悪くも陰陽善欲福貧、
 個人的にいろんなことがここに集約されることになったリール。

 あるいみ不遇でもあり、
 それでいながら幸運でもあったリール。

 安心してください、
 ドラグ鳴らしまくってます。




170709(3)3.jpg
 北海道のちいさな街の、
 そのまたちいさな地区に越してきて、
 はや2か月がたちました。




170709(8)8.jpg
 
 つい数日前まで、
 朝夕ストーヴを焚く日もあったというのに、
 季節はある日とつぜん、
 すっかりいきなり真夏になりました。

 お楽しみはこれからだ!

 というところですね?
天上天下唯我独釣
170510(1)1.jpg
 このシャツはレアでしょ~?

 フライの雑誌オフィシャルTシャツ@たぶん20年くらいまえ?

 引っ越しのために梱包作業していたら出てきました。
 さらっぴんなんやで。

 当時は飛騨高山に住んでいて、
 前編集長の故中沢さんに会うたびにいただいていたので、
 10着以上もっててコレばっかり着ていたときがあった。

 そういえば1着だけ封を開けずに保管したんだった。

 その後、
 高山から静岡に移り住み、
 すっかり街に馴染んだころに引っ越したくなって、

 こんどは静岡からここ函館に引っ越してきた9年前にも、
 荷物の梱包をしながらこのTシャツを見つけて…アアそうだった…と甘酸っぱく思い出して、
 そしてまた大事に「開かずの衣装ケース」に仕舞いこんでそのまま忘れて、
 そして今回、
 住み慣れすぎた函館からお引っ越しするときにまた見つけてまた思い出したのだった。

 時をかけるTシャツ。
 よみがえるわ~イロイロと。

 だいたい、
 サラッと20年前てゆうてるけど、
 ゆうてる本人がいちばんビビってるねんで。

 唖然呆然とする早瀬のような時の流れ。

 きょう、
 かねてお願いしていた引っ越し業者の若いお兄さんたちが来てくれて、
 荷物を新居にもってった。

 当初、
 冷蔵庫や洗濯機も持っていくつもりで申告していたけれど、
 家電の類はみんな捨てた。

 本もバッサバサ売らずに捨てた。

 なので、
 小山のように積みあがった荷物は、
 羽根と獣の毛とレコードがほぼ大半を占めた。

 そういえばつい先日、
 まえに我が家に泊りに来てくれたことのある高知のやまひろくんと電話でしゃべっていて、
 「引っ越しの日にち決まってん」
 というと開口一番、
 「レコードたいへんっすね~」
 どうすんのアレ?みたいな口調で労をねぎらってくれたのだった。

 そんなレコードを詰め込んだ小さな段ボールがものごっつい重い。
 グッと腰を入れて気合いも入れて持ち上げないと。
 「重くてごめんね」
 とお兄さんにいうと、
 「だいじょうぶです!」
 とほがらかに言ってレコード箱をグッと持ち上げて、
 さっそうと抱えていった。
 頼もしくて眩しくて安心する。

 反して、
 鳥の羽根をギュウギュウ詰めにしたでっかい段ボールがものごっつい軽い。
 巨大な段ボールが羽根のように軽い。
 拍子抜けの軽さで、
 お兄さんがグッと腰を入れてもちあげておもわずチョッとよろめいて
 「ウオッ!かるっ!」と面くらって皆でわらった。
 とても良い子たち。

 かるく世間話などもしながら、
 しかも常に身体はテキパキ。
 彼らは接客業もしながらヘビーな肉体労働してるんだなと、
 すっごい感心した。

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170510(2)2.jpg

 ヒグマの毛、
 蛍光灯でも陽の光でも、
 まずはいろんな角度に光を当てて眺めてみてくださいね。

 お買い上げ本当にありがとうございました。

 函館にいた9年間、
 ず~~っと利用していた近所の郵便局、
 その間、
 窓口のお姉さんは何人か変わりました。

 今いる大きなお姉さんとプチふくよかなお姉さんが一番長いつきあいだ。
 といって、
 なにかしゃべるわけでもなく、
 いつも淡々と発送手続きをこなすだけ。
 ベタベタ慣れ合わないけど、
 長いだけによくわかってる。

 それがええねんな~。
 ものすごい行きやすい。

 いつもガラスの額で額装したフライを発送するときは、
 かならず「コレ、おもいっっっきりワレモン扱いでおねがいします」
 と念を押さずにはいられないねんけど、
 でもそれって、
 自分ではぜんぜん意識してなくて、

 ついこのまえ、
 やはり額装フライを発送したとき、
 さあ一言いおうかというとき、
 プチふくよかなほうのお姉さんが、
 「おもいっっっきりで?」
 と聞いてきて、
 ボクがおもわず「え?」みたいな顔したら、
 「あ、スイマセン」
 とお姉さんが…しまった…みたいな顔をして言った。

 ふたりで笑った。

 あの郵便局でオレさまの認識コードネームは「おもいっっっきり」
 なのか?

 そしてついこのまえですよ、
 もうニヒヒとホッペが緩んじゃうたくさんのご注文をいただいて、
 感謝感謝でひとつひとつスキン眺めながら封をして、
 イザ送らん貴方のタイイング机に…
 みたいな面持ちでヒグマの毛でパンパンにふくらんだトートバッグ抱えて、
 郵便局にルンルンで意気揚々でのりこんだわけですよ、

 (お、「おもいっっっきり」のやつ、きょうはぎょうさん荷物もってきたやんけ…)みたいな顔で、
 「いらっしゃいませ~」
 と業務声で迎えてくれるおおきいほうのお姉さん。

 それで、
 宅配便とかの荷物を載せたり軽量したりする広めのカウンターあるじゃん、
 あそこに、
 「コレ、ダーッてここにひろげちゃってもいいですか?」
 と聞いたら、
 おおきいほうのお姉さんが、
 「ハイ、だいじょうぶです!」
 と言いながら、
 すかさずカウンターのむこう側でちょっと腰を落として、
 まるでキャッチャーがボールを受け止めるようなカッコをした。
 たくさんの荷物があふれてカウンターのむこう側に落ちないよう受け止めてくれるつもりだったのでしょう。

 アンタ…ええひとや。

 でも、
 そこまでしてくれんでも……、
 ということにお姉さんも気がついたようで、
 ちょっと照れたように笑った。

 もちろんぼくも笑った。

 そして淡々と黙々と発送業務をこなした。

 函館は、
 なんだかんだゆうて良いところだった。

 荷物がなにもなくなった部屋は、
 ちょっとした物音でもよく響く。

 ユーチューブの音がいつもより良く聞こえる。
  Gregory Isaacs / Too Late

 お知らせです。
 本日(5月11日)より、しばらくプロフィール欄に記載しているメール・アドレスがつかえなくなります。
 また新しいアドレスが決まり次第お知らせいたします。
 どうぞよろしくお願いいたします。



右とぉ~いわれりゃ左をぉ~向いぃぃてぇぇ~♪
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 サイズ4番ロングシャンクのラウンドベンドなサーモンフック。



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 ドテっ腹にゴムぶッ刺した。

 タランチュラなホワイトウルフ。

 
 



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 ヘビトンボの幼虫。

 ムカデの脚のような鰓と突起物を、
 どのように表現するかが問題だ。 

 ただ、
 それが出来たからといって、
 釣果に影響することは全くないだけでなく、
 こうしたプラモ系リアル路線など愚の骨頂だ、
 という意見には誰よりも大賛成だ。

 だが、
 このような「おふざけと戯れ」をカタチにするためには、
 工程ごとにアレコレ考えなければならない、
 そのムダな思考と実践は、
 それまで思いもしなかったアイディアやアプローチを多方向に、
 また多分野にひろげてくれることに気がついた。

 このヘビトンボは約一カ月ほどまえに製作したもの。
 いまこうして眺めてみると微笑ましく懐かしい気がする。

 濃厚な瞑想虫作りの日々だ。
 
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 関節と体節のシンフォニー。


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 カウフマン・ゴールデンストーンフライ。
 フラットモノフィラメントのリビングがソレっぽさをより盛って見せてるよね。




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 桃色吐息でピーチ系のおカイコさんが羽化しました。
 仲良くしてね。



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 フラミンゴのウイングカバー・フェザー。

 ほんのり頬染めた湯あがり色の羽根。
 

 



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 お蚕さんの胴体は、
 まるでハムスターのように全身モフモフ毛むくじゃらで柔らかな毛に覆われている。
 モコモコだ。
 なのに、
 体節の部分はちゃんとわかる。
 それが不思議でもあり……、
 この質感をどう表現するかしばし思案投げ首だった。

 特大のオストリッチの羽根の片側のファイバーをほぼすべてむしってアレしてナニして巻いた。
 ナデナデスリスリした。

 いっそ4枚の翅もお蚕さんそっくりにつくったろか、
 との衝動にもかられたけれど、
 「この胴体や脚や目玉はフラミンゴの羽根を飾るために作った土台なのだ」
 と自らに言いきかせ当初の目論見で作成した。

 

 




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 安心してください…ちゃんとしたのも?巻いてます。

 レッドヘッドなお蚕さん型オレノチェルノStyle 6番。
 おピンクな触角もついているんだぜ。

  
おじゃましまん~にゃわ。
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 本日のタイイング机。
 酉年さいしょに巻き倒すコケコッコはやはり!なんといってもこのマダラ模様の羽根ですね。




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 90年代初めの20代のころ、
 レゲエのレコード屋をやっていたとき、
 次から次へとレゲエのアーティストが来日しては公演をやっていて、
 そりゃあもう賑やかなもんだったんだけど、
 ちょうどそのころそんなアーティストたちにインタヴューさせてもらって、
 音楽雑誌にインタヴュー記事を寄稿する仕事もさせてもらったりしていた。

 旬なアーティストから大御所からポッと出の新人を問わず、
 ほんとにたくさんのアーティストたちに話を聞いた。
 もはや20年以上も経ってしまっては記憶も定かではないくらい。

 なんだけど、
 今もなお記憶に残っていて、
 折りに触れどうかしたときに鮮烈に思い出す一幕もまたたくさんある。

 アイニカモーゼという不思議な名前のシンガーもそのひとり。
 ちょうど彼が来日してインタヴューさせてもらったとき、
 当時のダンスホール・レゲエ好きなら誰もがよく耳にした、
 「HOT STEPPER」という曲がジャマイカでロングラン大ヒットになっていて、
 まさに「時の人」感があった。

 こういうとき、
 ジャマイカ人は良くも悪くも調子こきまくる。
 で、
 そこをうまくヨイショすると、
 かならずそのインタヴューは盛り上がりまくる。

 んだけど、
 アイニカモーゼはあれだけのヒット曲を抱えて初来日したにもかかわらず、
 そんな話題はどこか他人事で、
 ものすごく冷静にヒットした要因を分析して語ったりして、
 それがとても印象的だった。

 よい意味でいえば、
 そんな世俗の浮き沈みよりも、
 世の中の不条理を歌うメッセンジャーとしての襟持ちこそ……、
 といったゴリゴリに肩肘張った反体制社会派シンガー。

 あえて悪く言えば生真面目すぎて融通が効かないタイプ。
 ジャマイカン気質としては珍しい、
 ノリで話すのではなく知性で本音を語るアーティストだった。
 
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 たとえば、
 日本での空前のレゲエ・ブームの渦中だった当時、
 ジャパニーズな日本人自称アーティストが各地のクラブやなんかでたくさん活躍していた時代。

 そんな若きニッポン人レゲエ・アーティストをどう思うか?
 みたいな話題になったとき、
 ほとんどのアーティストは大歓迎ムードで好意的に語るんだけど、

 アイニカモーゼだけは、
 「私はジャマイカ人だから日本の歌は歌えない。なぜなら環境も文化もまるでちがうからだ。
 おなじように、ジャマイカの文化のなかで生まれ育った音楽を日本人が本当に理解して歌えるとおもえない」
 というような本音と本質を、
 真面目な顔で言いきってしまった。

 それを言ったらおしまいよ…ってことなんだけど。

 で、
 そんな発言に気を悪くしたかというと、
 個人的にはまったくその逆で、
 どんな質問にも真面目に向き合ってくれて真摯に語ってくれる彼の個性と姿勢に触れて、
 ますますアイニカモーゼのことが好きになった。

 そしてさあ、
 インタヴューもよい感じでほぐれてきて、
 かのボブ・マーリーはじめ歴代の大御所社会派シンガーの系譜というか列伝なんかも話題になったりして、
 「貴方もそんな流れのおひとりですよね、やはりそうしたメッセージを発信できるアーティストこそが尊敬されるべき人物ですね」
 なんてことを言うと、

 「いや、ちがうよ」
 と一刀両断。

 めんくらって、
 「それじゃあジャマイカで民衆からリスペクトされるべき存在って誰だとおもいますか?」
 
 するとさあ、
 「オリバー・サミュエルとか、老若男女問わず人々を笑わせることのできるお笑い芸人たちだよ」
 って、
 当時のジャマイカで国民的支持を得ていた喜劇役者の名前を挙げて即答されたんだよね。

 そして、
 「ジャマイカのゲットーで暮らす人たちは、みんな誰もが深刻な問題とトラブルを抱えている。
 未来の見えないハードな毎日と闘いながら暮らしている。
 おかしくって笑い転げるっていうのは、そんな厳しい現実を、たとえ一瞬であっても忘れさせてくれるものだ。
 ほんのひと時であったとしても、凍りついている気持ちをあたたかく溶かしてくれるものだ。
 そして、笑いは誰にとっても平等だ。
 そんな尊い行為を人に伝えられる喜劇役者たちこそ、尊敬されなければいけない存在だとおもう」

 って熱弁ふるったんだよね。

 生まれ育った文化も環境も考え方もちがうんだけど、
 心の深いところで共鳴できる、
 よい話聞かせてもらったなあっておもった。

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 昨年、
 個人的にとてもショックだったことがふたつある。

 ひとつは、
 10月に吉本新喜劇の井上竜夫さんが亡くなったこと。
 そしてもうひとつ、
 12月にはおなじく吉本新喜劇の島木譲二さんが亡くなられたことだ。

 面識などなにもない芸能人の訃報に恥ずかしながら涙するのははじめてのことだ。

 お二方ともに、
 じぶんにとってはもはや抜きがたい影響を受けた。

 自分が物心ついたころにはすでに舞台で活躍されておられた。
 というよりも、
 自分が物心をつくキッカケを与えてくれた方々だった。

 まだ自分がランドセルを背負っていたころ、
 どこにでもいるようなごく普通に見えるオッちゃんが舞台から出てきて、
 「おじゃましまん~にゃわ」
 と言っただけで、
 なんでこんなにオモロイのや?
 
 顔や行動がオモシロイ人が面白いのはわかるけど、
 なんでこんな普通の人がオモロイのや?

 人間って不思議や……。

 まだ自分のチンコに毛が生える気配もないころ、
 ものすごい強面のおっとろしい顔したヤクザみたいなひとが、
 いきなりモロ肌脱いで、
 「どうやどうや」と言いながら両手でパチパチ胸をたたくだけで、
 なんでオレは笑ってしまうのか?

 怖い顔してワーワー叫んではるのに、
 そこから伝わってくるものは、
 なんでこないにあったかいというか、
 やさしいのや?

 この感覚はどういうことなんや?

 子供のころ、
 その妙なギャップが不思議だった。
 しかしその感覚は自分にとってすごく心地よくて深く馴染めるものだった。

 人間というものは、
 ひとつの顔だけやないんや!
 自分もまたそうなんや!

 そんな、
 自分にとっての人格形成期まっただなかでの「気づき」はまた、
 掘り下げてとらえれば、
 「自分らしく生きてよいのだ、これでいいのだ」
 という、
 「生きるうえでの世紀の大発見」
 にまでつながった。

 大げさではなく。

 そんな発見と気づきは、
 全身これ劣等感の塊だった幼少の自分にとってまさに「革命」だった。

 ぜんぜん大げさではない。

 そしてあれから時は流れまくり、
 自分も大人になりすぎてしまった近年にいたるまで、
 変わることなくご活躍されたお二方の妙技を拝見するたび、
 面識などなにもないのに、
 もはや他人とはおもえない気持ちの寄り添った安心感を感じながら、
 「継続こそ真の力なり」の本当の意味を学ばせていただいた。

 さいごのさいごまで、
 笑わせていただいた。

 最大限の敬愛と尊敬の念を込めて、
 心よりご冥福をお祈りさせていただきたい。





 それにしても、
 嗚呼新年早々またも勢い余ってハズイこと書いてしもたやんけホンマどないしてくれるねん。

 しまったしまったシマクラチヨコ…う~んゴメリンコ。

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