BIZENアングラ・アングラーズ
フライフイッシングとフライタイイングに関する話題など
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世はすべて事もなし
 4月16日早朝、4時頃だったか5時だったか、電話が鳴った。
 フライフイッシャー誌の真野編集長からだった。

 「朝早くからスイマセン。きっと寝てらっしゃらないだろうなとおもって」

 「ごめん!原稿あと3時間、いや、2時間待って。っていうか待てる?」

 「ああ~、大丈夫です。いや、大丈夫にしてみせます」

 「おおきに。ほなもうちょいねばらせてもらうわ」

 「よろしくお願いします。ところで、昨夜遅く九州でまた大きな地震があったのご存知ですか?」

 「いや、オレ昨日からニュースもなにも観てる余裕なかったから。それホンマ?」

 「はい、かなりの被害のようです。きっと原稿にかかりきりでご存知ないかとおもって、お知らせしておいた方がいいかと電話しました。筆者の皆さんご無事であればいいのですが…なにか状況わかればまたお知らせします」

 サーッと血の気が引いて、膝がガクガク震えた。
 五年前の悪夢がよみがえる。

 かの地には、仲良くしている友人と、むかし仕事ですごくお世話になった方がいる。
 なによりもふたりの無事を願う。
 ひたすら願う。

 とあるギャグ漫画家がインタビューで自分の仕事をさしてこう言っていた。
 いわく「どんなに苦しくても、どんなに哀しいことがあっても、面白いことばかり捻り出すように考え続けないと食っていけないんです。因果な商売なんです」

 予定時間を大幅に過ぎて、ようやく出来上がった原稿を編集部に送信。
 なにかに八つ当たりしているかのようなトゲトゲしくもある文面に、いつものことながら送信してから後悔する。

 とるもとりあえず、友人とお世話になった方にメール送信。

 折り返しすぐに友人から無事を知らせる電話。
 ほどなく、お世話になった方からもメールがきた。
 ほんとによかったほんとによかったほんとによかったホッとした。

 ぼくは、大学生時代の3年間を岩手の三陸地方ですごした。
 肝心の学校での思い出は恥ずかしながらとても淡く、もはや忘却の彼方。
 だが、人生でもっとも多感な時期を、三陸の豊かな自然をこれでもかと満喫したこと、
 そしてなによりも、そこで暮らし働く地元の漁師さんはじめたくさんの方々に可愛がってもらった記憶は、いまもなお鮮明で、かけがえのない財産として大切に思っている。

 学校を卒業する直前、そうした地元の方と自分の関わりをよく知っている教授のひとりがこういった。
 「おまえほど学校に来なかったヤツはいないけど、おまえほど三陸の皆さんから学ばせてもらったヤツもいないんじゃないか」

 それは教授のぼくに対するイヤミであり皮肉の言葉だった。
 が、当時の自分にはこれに勝るものはない勲章の言葉だった。

 そうでありながら、
 またいつか、またいつかとおもいながら、月日だけが流れてしまった。何十年も。

 なにもしないまま、なにもしようとしないまま、ダラダラと、無意味に、自堕落に。

 なんにもなければ、もしかしたらいつかこの不義理を笑えたかもしれない。

 しかし、5年前の3月11日。
 安否を確認するすべもなく、祈ることしかできない自分の無力が呪わしかった。
 情けないことに、その気持ちはいまも奥底でくすぶりつづけている。

 もっと恥を晒そう。
 まさにあの日、仙台にて、大切な方のお葬式だった。
 大学を卒業して、単身東京の渋谷でレコード屋で働き始めたとき、ひとかたならぬお世話になった方だった。
 怖いものなんかなにもなく、ひたすら生意気盛りで、ワガママで、そしてバカだった20代。
 そんな濃厚な時代に、誰よりも親身に、誰よりもぼくを認めてくれた方だった。

 書くことの喜びと醍醐味、
 聴くことの無限の奥深さ、
 創造することの素晴らしさ、

 じぶんにとっての全ての原点となった方だった。

 ところがだ、
 終わり悪けりゃすべてダメダメ。
 レコード屋を続けることがもはや限界になって、すべてに対して不義理のまま逃げるように飛騨高山にさっさと引っ越してしまったワタシ。
 イヤになったらすぐ逃げるんだよねえ、無責任だからボク。

 ところがだ、
 神さまはときどき粋な計らいをしてくださる。

 あれから10年くらい月日が流れて、
 いきなりバッタリとつぜん再会しちゃったの。しかも、あの恥ずかしい思い出ばかりの渋谷で。

 「おまえ、いまなにやってんだよ」

 「いやー、かくかくしかじかで、食うや食わずっすよ」

 「バッカじゃねえの」

 「そうなんすよ」

 と言っている加藤さんもまたバカだった。
 いいとしこいて相も変わらず、レゲエ産業の中枢にいて夢ばかり追っていた。

 どうしようもない。

 それからまた、ゆるやかなつきあいが始まった。
 そのころ加藤さんの手がけていた仕事を、ほんのすこしだけ手伝わせてもらったりとか。
 でもそれは、ぼくの窮状を心配してくれた加藤さんが、
 すこしでも収入をと助けてくれたこと、よーくわかってる。
 だってその仕事、ぼくじゃなくてもできるもん。
 ていうか、ほかにもっと適任者いるもん。

 が、
 「いつものようにバーンと熱い文章書いてくれよ」
 と言ってくれた。

 そのころから、ときどきベロンベロンに酔っ払った加藤さんが電話をかけてくれるようになった。

 酔っ払いの戯れ言ほど聞き辛いものはない。
 のだが、
 加藤さんの戯れ言はボクを20代のアホ時代にタイムスリップさせてくれたし、
 なによりもエネルギー注入してもろて、喝はいった。

 「いま、ちょっと考えてることがあんだよ。おまえにも手伝ってもらいたいんだわ」

 「マジすか?加藤さんがそう言ってくれるんだったら、なんでもやるけど、いまさらぼくに出来ることあんのかな?」

 「あるんだなー、これがまたグハハハハハハハ。じゃ、ちゃんと決まったらすぐ知らせっから、たのむぜ」

 「ガッテン承知」

 「ウハハハハハハハハハハ。あ、それとさ、上京するとき必ず連絡しろよ、うちに泊まれよ」

 「うん、そうする」

 これが加藤さんと交わした最後の会話。

 そんな話しをしたのに、それから何度も仕事で上京したのに、あえる機会なんか、
 ちょっと無理すればいくらでもつくれたのに、
 今現在の仕事仲間やつり仲間との付き合いがあったから、なんて言い訳にもならない。

 長い闘病生活もしらず、
 のんきに、
 そういやこのごろ加藤さんから電話ないなあ、なんて、

 気になったらなんですぐ電話せえへんのや?あのとき、なんでこちらから電話せえへんかったのや?

 まさか、こんな後悔を残したまんまお別れ?って、わっけわからんやんけ。

 あの日、
 朝早くから準備して、
 函館から仙台までの新幹線の時刻も調べて、
 でも、
 でかけることができなくて。
 加藤さんにも、
 きっと大勢駆けつけるだろう、あのころの仕事仲間、
 当時迷惑をかけたり不義理をした方々。
 どうにもあわせる顔がなく、
 ひたすら引け目ばかりかんじて、
 でもそれは自分の自意識過剰で、
 それはわかってる。
 わかっているんだけど、
 部屋の中を無意味にうろうろして逡巡するばかりで、
 もう出かけないと夜までに仙台に着けないって時間が迫り、
 どうするんだ自分、
 なにやってんだオレは、
 行くんだ行くんだ、ウジウジしてるばあいとちゃうやんけ、
 
 というとき、
 函館もまた揺れに揺れたのだった。

 もし、予定通りに出発していたら、ぼくはどうなっていたんだろう。

 あれからもう5年。
 忘れてません。
 風化なんかしてません。

 でも、
 なんにも出来ない自分をどうかゆるしてください。

 気にかけることしかできなくて、すいません。

 

 もう15年くらいまえかなあ、
 フライフイッシング・フェスタとかやってたころ、
 その会場で、
 さる著名な方に言われちゃったんだよ、大勢の公衆の面前で。

 「ビゼンさんの記事はさあ、いつも楽しい楽しいばかりで、世の中楽しいばかりじゃないのにねえ」

 その方がいきなり何故そんなことを言ったのか、その真意はわからない。
 わからないけど、イヤなかんじだった。

 でさあ、そのとき固く誓ったのは、
 そんな言い方されるんやったら、逆にもうずーっとお気楽に、楽しくって楽しくってしかたありません、
 って、その姿勢をつらぬきつづけたるわい。

 あのなあ、アナタに言われるまでもなく、こちとら世の中の哀しみ不条理、もういやっちゅうほど身にしみてるのや。
 
 それをひとときでも忘れて、
 癒やしを求めてすがっているのがフライフイッシングやで。

 健全な現実逃避やで。

 そんな場で、なんでわざわざ現実を思い出すような話しせなアカンのや?
 オレは野暮なことがキライなんじゃ。

 と、
 肩肘張ってまいりましたが、
 あのとき、30代のボクにそんな辛辣を言ったあの方の年齢は、
 ちょうど今のぼくの歳だった。

 その歳になってみて、
 なぜあのとき30代のぼくに、
 当時50歳のあの方があんなことを言ったのか、わかる気がする。なんとなく。


 なにかを書くことも、
 なにかを話すことも、
 苦労だと思ったことはなかった。

 勝手に口が動いて、それをひたすら垂れ流していればよかった。
 そんな感覚だった。
 内容は棚上げして、まずは自分がたのしんでいた。

 のに、
 いつのころからか、
 書くことも話すこともパワーがいるようになった。
 ときとして苦痛だ。

 でも書きたいし話したいんだよねえ、へんなの……。

 大人になっちゃったんだねえ。

 むかし、キダタローがテレビで言っていた。

 「プロになる前は、私の才能は枯れることなく湧き出る泉だと信じて疑わなかった。
 ですが、プロになると、その泉だとおもっていたものは泥水のたまったただの水溜まりだったと気がついた。
 だから、その水溜まりから絞り出すように作曲するしかないんですよ。
 だけど、そこからほんとうに道が切り開かれていくのだと、私は思います」

 桂小枝ちゃんの話によると、キダタロー先生は、お休みのまえに「寝酒」ならぬ「寝パン」するんだって。
 寝る前にパン召し上がるそうだ。
 その情報、どうでもいい?
 ぼくはクッソワロタ。

 子供の頃から、キダタローてほんまに性格悪そうやなーと思いながら、
 難しい話をなんてカンタンに、しかもオモシロく話しはるんやろかとおもって、
 この人がテレビにでてると熱心に観た。

 オレも性格の悪さでは負けてへんから、
 センセのお言葉信じて、いまはもがいてあがくお年頃なんやとおもって、
 ジタバタしようとおもいます。

 ところで、
 いつもこのブログは自宅パソコンで書くねんけど、
 いまパソコン修理中。

 なので、はじめてタブレットを駆使して、したためてみました。
 モノグサの極み乙女としては大進歩なのです。
 ちっともやろうとしないワタシを見捨てることなく、
 忍耐強くケツをたたいてくれたサイトウさん、
 ご指導ご協力くださったユリさん、
 あらためて感謝です。今後ともよろしくね。

 それから、
 メールしたけど返事がなくて、
 という方がおられましたらご心配おかけしてスイマセン。

 パソコンがなおりしだい、返信しますので、いましばらくまっていてください。
 いつもながらご迷惑おかけします。

 そして、
 フライ注文したけど、どうなってるのや、とご心配おかけしている皆様。
 もうひたすらほんっとにお気を悪くさせて申し訳ありません。
 お詫びの言葉もなく、とにかくがんばります。
 なにとぞ、よろしくお願いいたします。

 

 
運命のひとひねり
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 誰かに伝えたいというわけでもなく、
 誰かに告げたいというわけでもなく、

 かといって、
 こんなところで独りごとを言いたいというわけでもなく、

 なんとな~く、
 気まぐれ。

 秋の夜長の戯言だ。

 ぼくの悪友のひとりに、
 ひと回りちかく歳のはなれたSというヤツがいる。

 ぼくがいま51だから、
 たぶんSはいま40くらい。
 コイツの歳なんかもう忘れた。

 Sとは、
 15年くらいまえ、
 以前住んでいた富士山の麓の街で知りあった。

 ちょうどそのころ、
 コイツはその街の養鱒場で働いていて、
 それが縁でちょくちょくつるむようになった。

 Sは、
 ぼくの知る限り、
 ぼくの周囲にいた誰よりも、
 「責任感のなさ」というところでブッチギリのダメなやつだった。

 Sにとって、
 約束というものはやぶるものであり、
 仕事というものはバックレるものだった。
 
 あれよというまに養鱒場をバックレて以降、
 いくつかの仕事に就いたはずだし、
 なにか新しいことに取り組んだはずだったが、
 どれもこれも、
 なにもかも、
 ひとつとして長続きしなかった。

 けっきょくSは、
 流れ流れてお定まりのチンピラ風情をきどっていたが、
 それすら中途半端。

 カッコ悪いやつなのだ。

 いや、
 たったひとつだけ、
 ときどき熱かったり、
 ときどき冷めたりしながらも、
 Sが子供のころから続いているものがあった。

 サカナ釣りだ。

 そんなわけで、
 Sは自分の釣り熱が高まると、
 当時住んでいた我が家に遊びに来た。

 そしてSは、
 このまえこんなことがあって、
 あんなことがあってと、
 近況報告をしてくるのだが、
 どれもこれも、
 ため息交じりに「アホちゃうか」と言いたくなるようなダメダメっぷり。

 「はっきりゆうけどな、オマエほどダメなやつ、オレの周りにおれへんで」
 「ほんまに生粋のナチュラル・ボーン・バカやなオマエ」

 当時、
 トラブルをおこしたSを、
 本気で怒鳴りつけたことも二度三度あったはずだ。

 そんななのに、
 なぜずっと付き合っていたのだろう?

 単純に、
 ものすごく単純に、
 Sと一緒にいると、
 コイツと話していると、
 いつだってものすごく楽しかったからだ。

 Sはいつも自分語りをするとき、
 その話しを聞いている人を楽しませよう、
 笑わせようとしていた。

 そしてまた、
 人の話しを聞くときには、
 じぶんの感性をフル動員して、
 その話しを自分なりに咀嚼して、
 グイグイのめり込んでくるようなところがあった。

 そんななので、
 コイツと話していると、
 たわいのない話しでもどんどん話題がふくらんで、
 じつに話しがいのあるやつだった。

 そしてまた、
 Sが人の悪口を言ったり、
 中傷するのを聞いた記憶がない。

 というよりも、
 そうした負の感情を、
 まったく感じさせないヤツだった。

 アホだバカだといいながら、
 ほんとにすごいな、
 とおもっていた。

 Sはカッコ悪いやつだが、
 その一点において、
 曇りのない、
 最高に魅力的なカッコいいやつだった。

 そして、
 そんなやつだったから、
 こいつの周りには、
 いろんな人があつまった。

 かくいう自分もそのひとり。

 だが、
 そんなSの類まれな人の良さが、
 Sの責任感のなさ、
 あるいは道徳心の欠如など、
 こいつのどうしようもない部分とリンクすると、
 坂道を転げ落ちていくように、
 ダメな方へダメな方へとひた走っていくのだった。

 そしてそれは、
 Sの周囲に集まって来る裏稼業な人間たちのせいではなく、
 すべてはSの意志の弱さによるものだった。

 富士山麓の街から、
 ぼくが現在住んでいる函館に引っ越してすぐ、
 Sから手紙が来た。
 このご時世にメールでもなく、
 電話でもなく、
 手紙。

 Sが逮捕されて、
 3年間の刑期を言い渡され留置生活となったからだ。
 罪状は、
 まことにSらしい、
 チンケでみみっちくクッソダサイものだった。
 雑魚チンピラの面目躍如といったところか。

 まあ、
 余所様に迷惑をかけたとか、
 他者を傷つけたというわけではなく、
 すべては自己責任といったところが唯一の救いではあった。

 Sは、
 獄中からせっせと手紙をよこした。
 便箋7枚にボールペンでびっしり綴った、
 ぶあつい封筒が毎月届いた。

 月に一回、
 その分量が個人に手紙を送れる規則なのだそうで、
 まったく知らなくてもよいことを知ることになった。

 留置場での生活のこと、
 そこで刑期をまっとうしようとしている人々のこと、
 そしてそんな暮らしのなかでのS自身の心境などなど、
 話題はさまざま。
 ここでも、
 Sらしいエンターテイナーぶりがおおいに発揮され、
 送られてくる手紙の内容はいつもバツグンにおもしろかった。
 ときに爆笑し、
 そしてときにS自身の我が身の所業を悔いる心境に想いを寄せた。

 Sならではの言葉と活きた文章で綴られた、
 読みごたえのある手紙だった。

 まさか、
 こいつにこんな文才があったなんてと、
 あの当時は真剣におもわせられた。

 おもえば、
 皮肉にもこの3年間がSとの蜜月だったのかもしれない。

 手紙を何度も読み返しながら、
 出所すればきっとひと皮むけるであろうナチュラル・ボーン・バカとの再会を心待ちにしていた。
 Sもまた、
 出所したら会って話したいことがたくさんあるのだと手紙の行間に匂わせていた。
 ぼくもまた、
 Sに話したいことがたくさんあった。

 たのしみだった。

 だが、
 その期待はあっさり裏切られた。

 出所に浮かれたSは、
 シャバにでたことであきらかに調子にのっていた。
 出所を知らせる嬉しいはずの最初の電話から、
 コイツのダメなところばかりがボクの癇に障った。
 ヤツのダレきった生意気な口調からは、
 刑期中に送られてきた手紙から感じとれた、
 Sのまっとうに生きようともがく人間の魅力は微塵も感じとることができなくなっていた。

 「おまえなあ、
 なにダレたことゆうてるねん?
 獄中であれだけ葛藤して思い悩んだのはなんやってん?
 その言葉を真に受けて、
 一喜一憂していたオレはアホ丸出しやんけ!
 シャキッとせんかドアホ!」

 何度目かの電話でブチ切れまくって一方的に電話を切った。

 そして悪い予感は、
 予想よりもはるかに早く当たってしまった。

 それからほんの数日のうちに、
 Sはまた塀の向こうに行ってしまった。
 前回とまったくおなじ理由で……。
 刑期3年。

 さすがホンマモンのアホのやることはひと味ちゃうわ。

 そしてほどなく、
 またSから毎月手紙が届くようになった。
 いわく、
 期せずしてビゼンさんに言われた通りになってしまいました。
 今回ばかりはさすがに反省いたしました……、
 本当に自分を心配してくれる、
 大切な人たちを足蹴にしている自分は、
 もうどうしようもない人間だと……、

 手紙には、
 我が身のバカさ加減を悔いる言葉が並び、
 それとおなじくらい自らに喝を入れたいと望む言葉が並んでいた。

 真摯な態度で刑期を務めあげることができて、
 晴れて出所した暁には、
 こんどこそ、
 こんどこそは、
 いまいちどマスたちとともに生きていきたい。
 ワタシはいま、
 釣りとサカナを渇望しております……。

 そんな手紙が送られてきて、
 ぼくは素直にメチャクチャよろこんだ。

 そうなんや、
 こんどこそようやくわかったか、
 オマエはなあ、
 サカナいじって生きていく以外に道はないのや。

 ほんのちょっと、
 ほんのすこしだけ軌道修正できれば、
 そしてなによりも、
 なによりもなによりも、
 またマスたちとの生活に戻れれば、
 Sがもっているはずの溢れんばかりの可能性と、
 こいつならではの才能とセンスがいかんなく開花して発揮できるはずだと、
 おおいに期待した。

 のだが、
 Sは突っ走り過ぎた。

 貪るように読書にハマッたのはすばらしいが、
 わるいけどボクから見れば読むにも値しない、
 啓蒙書や啓発書や哲学書の類ばかりを読みあさり、
 それでわかってもいないくせにわかったような気になって、
 誤解に誤解を重ねながら、
 オレの精神と肉体はいまこそ高みにのぼっているのだと、
 どんどん勘違いしていくサマが歯がゆかった。

 おまえ、
 宗教家か思想家にでもなりたいのか?

 Sにしか表現できなかったはずの、
 活きた言葉は消え失せてしまった。
 言葉のボキャブラリーは飛躍的に増えて、
 文面だけはキレイに整ってはいるけれど、
 どこかから借りてきたような、
 おもしろくもなんともない、
 ただ長いだけのナニ様根性が見え隠れする自分語りな手紙を読むのは……つらい作業でしかなくなった。

 そしていつのまにか、
 小難しく見えてそのじつナニを言いたいのか伝わってこない手紙から、
 サカナや釣りの話題も消えてしまった。

 さびしかった。

 出所したらすぐにでもお会いしたいです、
 との、
 なんだか妙に大人びたような申し出も、
 ただ重いものになってしまった。

 スマン、
 正直に言う、
 うざくなった。

 Sの出所直前、
 ぼくはSに荒っぽい手紙を書いた。

 まず、
 出所してもオレとの連絡は、
 これまでどおり手紙のみ。
 メールも電話も受け付けない。
 そしてなによりも、
 オレと会うまえに、
 最低でも3年間はひとつの仕事をやりつづけてくれ。
 これをこそ確約してくれ。
 そしてそのあと、
 お互いにまだ会いたいという気持ちがあれば再会しよう。

 そのように書いて送った。

 出所まえ、
 望むところです、
 とヤツが宣誓して交わした約束は、
 やはり守られなかった。

 出所後、
 こいつがクソつまらないカン違い思想家になったらイヤだなあ、
 との心配はまったくの杞憂におわった。

 なんのことはない、
 前回同様、
 出所したと同時に送られてきた手紙から、
 またもとの生粋のアホに戻りつつあることがうかがえた。

 もうどうでもよくなった。

 そして、
 間髪いれず送られてくるアホのメール。
 返信はしなかった。
 する気にもなれなかった。

 しかし、
 ほどなく、
 「大物が釣れました」との写メールが送られてきた。
 ボクもよく知っているポイントで釣れたという大物ニジマスを、
 誇らしげに抱えたSの写真。

 ほんとに久しぶりに見たSのドヤ顔。
 なつかしかった。
 あのころ、
 この顔を見るたびに心の底から爆笑していた。
 
 そして、
 ついつい返信しちゃったのだった。
 「メッチャええニジマスやんけ~」
 
 「ビゼンさん!すごいんです!このニジマスの腹裂いたら、
 なんと胃袋から鳥が出てきたんです!
 水面に落ちた鳥をガバッと食ったんですねヤバイっすよ!」

 「食ったのかよ」

 「ハイ、おいしくいただきました」

 一瞬、
 電話で声が聞きたいナとおもったボクもアホだった。

 そのあと、
 手紙が書かれることもなく、
 何度か送られてきたSからのメールは、
 どれも気に食わない内容だった。
 アホ丸出し。

 そのままほったらかしにしていたら、
 いつのまにかメールも途絶えた。

 しかし、
 そうなったらそうなったで、
 じぶんからそのように仕向けたくせに、
 それはそれで、
 なんだかモヤモヤ。

 Sのボケ、
 元気でちゃんとやっとんのか?

 心配なんかしてやる価値もないとおもっているのに、

 なんでボクはこいつのやることなすことに、
 こんなにもムカついてイライラするんだろう?
 もうほっときゃいいのに……。

 それはけして小さくはない、
 一点の滲みとなって、
 ぼくの胸の内でずっとくすぶっていた。

 そして、
 ほんのつい最近、
 道北のほうへロングドライブして、
 何日間か釣りの旅に出ようとおもって家を出るとき、
 念のためにポストをのぞいたら、
 もはやすっかり見慣れた特徴のある字で住所氏名が書かれた封書が届いていた。

 たしかめるまでもなく、
 Sの字だった。

 封書の裏を見れば、
 見たこともない住所とSの名前、
 そして、
 封筒を糊付けしたところに「検問済み」のハンコ。

 もうこれだけで、
 どういうことかがわかった。

 深夜、
 ほとんどクルマも通らない、
 しずまりかえった高速道路、
 ド田舎のサービスエリアで、
 封を開けた。

 その手紙に綴られた、
 陳腐な謝罪の言葉を流し読みした。
 ……今回の刑期は一年です。さんざん迷いましたがビゼンさんにはお伝えしようとおもって……

 「アホちゃうか!」

 そんなん知らんがな。
 もうなんなと好きにしたらええがな。

 ついでになあ、
 こんな最悪のクソ手紙読んで、
 …ああ、とりあえず身体だけは元気でやっとってんなあ…
 心のどこかで心底ホッとして、
 胸のつかえがとれたように安心してしもたオレもたいがいアホやでアタマ悪いで。

 そしてこのとき、
 なんでこのアホにこんなにイラッとするのかがわかった。

 もうどうしようもなく、
 あらがいようもなく、
 こいつは、
 ぼくにとって、

 友だちなのだ。

 単純なことだ。

 ま、
 とりあえず、
 オレは釣りに行くわ。
きょうこのごろ
 自分に、
 とほうもない幸運が舞いおりて、
 万が一、
 出会えることがあったならば、

 多少の無理は覚悟のうえで、
 これこそ千歳一隅そして一期一会……、

 そのつもりで即決決断…心意気も見せつつ我が家にお迎えさせていただきたいものだと、

 常日ごろそのように恋焦がれておりました、

 小さな青い小鳥さんは、
 じつはワタシのけっこう身近なところで、
 ワタシが迎えに来るのを待っていてくれていたようです。

 うれしいことに、
 覚悟していたよりもずっとずっとお財布にやさしいかんじで。

 メルヘンやろ?

 ちっちゃくて、
 可憐で、
 ほのかな色艶に輝く、
 ちいさな青い羽根。

 この羽根が、
 まるでサカナのうろこのように束に重なって、
 小鳥の背中を覆っている様子を仔細観察いたしますと……、

 天使もかくやの可憐な小鳥が内に秘めていた、
 濃厚に妖艶な色香がダイレクトに羽根ゴコロの琴線をくすぐります。

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 想像すらしなかった幸運や良きご縁や祈りや、
 そういうドラマを経て、
 いまや唐辛子色のはもちろん、
 アレもコレもどれもたいがい家にある。

 あとはキミさえいてくれたら……、
 何度そのように歯ぎしりしたことでしょう。

 長い長い時間をかけて、
 やっと会えましたね。

 会いたかった!

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 と、
 そんな青い小鳥の羽根のコンプリートスキンを、
 夢なら覚めるなよとおもいながらうけとったのは、
 上野の近所で行われた「つるや釣り具店のハンドクラフト展」の前日のことだった。

 それから一週間、
 この青い小鳥さんをカバンにしのばせて、
 東京~大阪を往復した。
 で、
 このごろ親しくしてもらってる人とか、
 これから仲良くしてくださいね的な初対面の人とか、
 いろんな方々に会って色々話した。

 そしてまた、
 因果はまわり、
 機は熟した感もあり、
 レコード屋さんのころ共に働いたバイトくんなどなど、
 「なんとまあ懐かしすぎる面々」との再会が叶ったのが胸に来た。

 バイトくんと渋谷の虎子食堂(音さいこう!食事絶品!居心地良し!)
 というところで、
 じつに20年ぶりに一緒にレコードをかけました。

 当時、
 ドレッドが良く似合う紅顔の美青年20代前半だった若きサウンドマンのバイトくんは、
 いまや、
 その髪型はモヒカンなん?と聞きたくなるような不思議な金髪がワンラブな正真正銘のオッサン40代半ば。
 が、
 いまや日本のレゲエ好きの若い子らにとっては伝道師的ですらあるカリスマ・サウンドマンのオッサン。

 ヤツの芸名は…ヒト呼んで「マーチン・キヌー」

 「マ~~~~チ~~~~ン、
 おまえ見違えるほどパッツンパッツンやんけオッサ~~~ン」

 20年後のマーチンは、
 なんか倍くらい膨らんで見えたのだった。
 しかしそれは体重だけでなく、
 なんかいろいろ積み重ねてるゆえの貫録があってこそ……。
 ココめっちゃ重要やで。

 マーチンべたぼめ~。

 てゆ~かコイツ、
 あれからず~~~~~~~っとブレることなく音楽続けてるって、
 どういうことよ?

 まさにキープ・オン・ロッキン文字通りキープ・オン・バブリンいつまでもつづけてください。

 安心するから。

 あ~オレのほかにも頭ワルイ子おるんやな~…という同病相哀れむ…的なかんじで。

 あり得たかもしれない人生のシグナルを、
 つぎつぎになぎ倒して自己陶酔にひたはしり、
 ハッと気がつけば、
 とりかえしがつかなくなっちゃった。

 だってだって、
 好きなことしかできないんだもんっ。

 そんな、
 波乱万丈って言葉がピッタリにあう40代~60代の男の子たち、
 たくさんいてはるんですよ。

 そんな頭ワルイ子み~んなにジャー・ガイダンス祝福のお導きがあらんことを……。

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 ヤッバイべ?
 五歳児のお絵描きと、
 海千山千のプラグ職人の技が同居してるべ?

 「たのむから明日もってきて!
 そしてボクにちょうだい!!
 おねがい!
 なんでも言うこと聞くから!!
 ねぇぇぇ~~~~お~ね~が~い~ねえってばあ」

 知人より、
 ほとんど強奪のカタチでうばいとったった。
 ハンドクラフト展の二日目。

 小倉くんのプラグは、
 箱から出した瞬間、
 オトナの釣りキチ少年の「魂」のところをグッッとアッチの世界に持って行くような感覚あるよね、
 どれもこれも。

 笑っちゃうほどスッゲ~とおもえるものは、
 いつも自分の創作意欲に油ドボドボ注いでくれる。
 
 そして!
 そんな気分のときに、
 ワタシの傍らには、
 ちっちゃな青い小鳥がチョコンと羽根むしられるのを待ってはる……。

 しかも!
 いろんな出張的お仕事も一段落して、
 これから北海道の春がくるまで籠りまくって「ややこしいの」巻きまくろ~かという季節。

 ヒジョ~にエエ感じや。

 が!
 夏が来れば……、

 タグチく~~ん、
 そんなわけで今年の夏休みはエレキ積んでボート積んでババヘラ食いに海を渡りましょうね。
 またモロモロ段取りおねがいします。


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 あの、
 戦争してる国のこのまえの例の人質事件あったやん。
 あれのニュースとかみてて、
 なんかものすごい事件やのに、
 その背景をいろいろ知るにつれ、
 え?それ軽るない?
 とシロートながらに思ったり、
 あとそのあとにパスポート取りあげられた人のインタヴューとか見るにつれ、
 え?なんでこんな軽いん?それで、ええの?

 のような、
 なんか馴染めん違和感が引き金になって、
 「報道ジャーナリスト」的なんをネットサーフィンしたりして、

 そして、
 たいへん恥ずかしながら遅まきながら、
 不肖・宮嶋さんのことをはじめて知った。

 ユーチューブにあったドキュメントを観て知った。
 そのあと、
 ユーチューブで観れる番組は片っぱしから観た。
 ぜんぶメチャメチャおもしろかった。
 胸のすくような感覚で。

 あまり世情に関心のなかった自分でさえ、
 週刊誌などで見て淡い記憶に残っているような、
 世間を騒がせたスクープ写真のいくつかを撮ったカメラマンがこの人やったのか、
 という感慨もあるけど、

 番組内で取りあげられた報道写真のいろいろにまずグッときた。

 それでこの写真集を買ってみた。
 たいしてぶ厚くもないのに、
 ぜんぶ見終わるのにこんなに時間がかかった写真集ははじめてだ。

 不肖・宮嶋さんが世に出された写真は全部見たいし、
 書かれたものはぜひともぜんぶ読みたい。
 本もたくさん出版されておられるので、
 これから読みたい本がいっぱいでメチャ嬉しい。
 目下いちばんの楽しみ。

 きょうはこれからゆっくりするねん。
 The Maytones - Judgement A Come
 ひさしぶりにメイトーンズとかBGMにして、
 またもやダラダラこの写真集を眺めて過ごそうかとおもってます。

 ホンマ長くて濃ゆい一週間やった。
 

unfinished flies
 ひ・さ・し・ぶ・り

 もちろん、
 釣りに行ってました……。

 北海道のいろんなとこに。

 ああ、
 生きるって、
 いろいろとハズカシイ。


 そしてお知らせです。

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 台風一過から数日後、
 川の水量がようやく落ち着いた先週のある日、
 この場所で、

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 これを拾いました。
 岸辺ちかくの水際で、
 砂に埋もれておりました。

 心当たりのある方はご連絡ください。
 送ります。

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 ぶっちゃけ、
 「ええもんひらってラッキー」的に、
 なんの疑いもなくネコババするつもりやってんけど、

 このテの「十徳ナイフ」的なものは、
 自分で購入することはまったくなくて、
 プレゼント的な頂き物のほうが多いわけやん?
 想い入れとか人生模様のストーリーありますよ的な……。

 持ち帰ってキレイに洗っていじくるにつけ、
 これとってもイイですね。
 手と気持ちに馴染むかんじの愛着系的な……。
 デザインも秀逸。

 じぶんがメッチャ気に入った的な……。

 そんなわけで、
 なんとなく気になって「いかにも誠実なオトナ」的にお知らせいたしました。





 
 

 
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 ここ最近のうちのパソコンの壁紙です。

 愛すべき同志諸氏に捧ぐ。

 刈りたくなる?







 
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 そしてオーガスタス・パブロ。

 Augustus Pablo/unfinished melody
 アルバム「イースト・オヴ・ザ・リバーナイル」に収録された、
 ブラック・アーク産ロッカーズ・サウンド三部作のなかの一曲。
 エンジニアはもちろんリー・ペリー。

 ユーチューブのコメントにクスッとしました。
 「グッドモーニング・サンシャイン」
 言い得て妙。


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 そしてロッカーズのプレ・シングル版。
 Augustus Pablo: Unfinished Melody / Dub (Custom Disco)
 
 発表する作品のフォーマットと配給先によって、
 ひとつの曲をまったくちがうミックスとアレンジでしあげるマジカル・ワークス。

 こうしたレゲエ文化に琴線のところで慣れ親しみ、
 それをこそ醍醐味に感じているワタシですが、

 今月号に出るフライフイッシャー誌より、
 新連載「月刊フライフイッシング生活」がスタートです。
 どうぞよろしくお願いいたします。

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 古典では「ニーキャップ・ハックル」
 現在では「アメリカン・ハックルのナチュラル茶色ブラックレースのヘンネック」

 でハックリングした、
 「キャッツキル・ドライフライ最初期」スタイル的な?…ライト・ケイヒル風。

 ボディんとこ、
 特に後半部分にかけて、
 黄土色の下地に金色の透明な皮膜がかかってるようにも見える特製のスペシャルです。

 また、
 人恋しい季節になったら、
 こういうイタズラの作り方情報やらなんやら、
 ナニしたいなあと思ってますが、
 なにぶん更新をほったらかしっぱなしで、
 ほんと不義理いたしております。


 が、

 あっというまに秋、
 紅葉も深まるばかりです……。
 ちょっとセンチなかんじで、


 またしばらく行って来ます。

 ご注文メールなどで、
 待てど暮らせどメールの返信がないやんけと、
 たびたびご迷惑おかけしております。
 が、
 帰宅後ただちにお返事させていただきます。
 くれぐれもご心配なく、
 またご理解をよろしくおねがいいたします。

3月14日
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 サソリに朝ご飯もくれてやったし、

 さ~今日もがんばろか~

 
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