FC2ブログ
BIZENアングラ・アングラーズ
フライフイッシングとフライタイイングに関する話題など
201812<<12345678910111213141516171819202122232425262728293031>>201902
とんでとんでとんでとんでまわってまわってまわる
 元旦から二日ほど、
 関西の実家に帰省した。

 久々の里帰り。

 実家で、
 両親ととりとめもない世間話をしていたとき、
 かけっぱなしになっていたラジオから、
 夏目漱石の学生時代の成績表が見つかった…という話題が流れた。

 女性アナウンサーが「成績優秀だったそうですよ」
 と話しをひろげると、
 男性パーソナリティが「なんやあ、普通やったらおもしろかったのにね」
 と言った。

 そのとき、
 ぼくらはラジオとはまったく関係ない話しをしていたけれど、
 父も母もじぶんも同時にハハハとしばし笑って、
 さっきまでの話しのつづきに戻った。

 ついついおもわず言っちゃう余計な一言が憎めない。

 つくづくじぶんは浪速の子。

190118(2)2.jpg

 年が明けて最初の土日、
 和歌山県は紀伊田辺という海辺の小さな街にあるプロショップにタイイングデモに呼んでもらって、
 よろこび勇んではりきって出かけていった。

 ご挨拶がすっかり遅れてしまいましたが、
 当日お集まりくださった皆さま、
 呼んでくださったオーナーさま、
 本当にありがとうございました。

 で、
 そのデモのとき、  

 「このビートルはねえ、
 ココのところがこうなっていて、
 コレをこうしてこうやって巻くと、
 このようなフォルムとバランスになって、
 いまのところ自分的に中小型サイズでは必殺中の必殺ビートル・フライになってます」

 「そんなわけで、
 コガネムシ大国の我が北海道では、
 いまやこのフライはまさにビートル革命や~なんちゅうて、
 2年ほどまえから空前の大ブームになってんですよ」

 なんつって、
 煽りまくっといて、

 「ぼくをいれて、いまのところ約3名のあいだで……」

 とオチつけて、
 そして皆さんでワハハと笑っていると、

 デモにご参加くださった方のひとりが、
 「おしいなあ、4人やったらビートルズ革命やったのにねえ」
 と誰にいうともなくボソッとおっしゃった。

 うまい!お見事!脱帽です。

 いまだに、
 どうかしたときにクククと思い出し笑い。

 ダジャレはしょうもなければしょうもないほどにオシャレ。
 センスいりまっせ。

 つくづくじぶんは浪速のオッサン。

190118(3)3.jpg

 実家から出発するとき、
 父の本棚から失敬してきた。

 今回の帰省と出張では、
 飛行機、
 長距離バス、
 ローカル線などなど、
 乗りモノに乗り継いだり、
 喫っ茶店などでの待ち時間がたくさんあった。

 なので、
 この二冊をめくって時間をつぶした。
 有意義な時間になった。


190118(4)4.jpg

190118(5)5.jpg

 紀伊田辺に滞在していたときのホテルの入り口にて。

 毎朝、
 人影まばらな正月の商店街を眺めながら、
 ここで珈琲を飲んで、
 プロショップの店主さんが迎えに来てくださるのを待った。
 その時間がちょっといいかんじで……。

190118(6)6.jpg

 無事にデモが終わって、
 次の目的地にむかう日の朝、
 商店街をブラブラ歩いて、
 紀伊田辺の駅前からそう遠くない漁港に来てみた。

 よく晴れた冬の朝。
 寒いには寒いんだけど、
 和歌山の空気はぬるかった。

 パリッと凍てついた空気がキーンと身体に突き刺さるかんじがしない。
 それがなんだか違和感。

 もはやじぶんはつくづく北海道のヒト。

190118(7)7.jpg

 じつはこの場所に来るの、
 はじめてじゃない。

190118(8)8.jpg

 1998年の早春号となる「フライの雑誌」第41号から……。

 21年前のちょうどいまごろの深夜、
 まさにこの場所に立ってフライロッドを振っているじぶんの後ろ姿が載っている。

190118(9)9.jpg

 この当時、
 じぶんは飛騨高山にすんでいた。

 タチウオが釣りたくてはるばる紀伊田辺まで来て、
 4日間だったか5日間だったか、
 夜行性のタチウオを狙って、
 夜な夜なひたすら釣りつづけたんだけど、
 とうとうイッピキも釣ることができなかった。

 そのうえ、
 未曾有の寒波がやってきて、
 散々な目にあった。

 その紀行文をフライの雑誌に載せてもらったのだ。

 やたらと長いのに、
 ただのイッピキも釣れなかった釣り紀行。

 華々しさのカケラもない。

 カケラもないけど、
 いや、
 カケラもないからこそなのか、
 いまも忘れていない記事のひとつ。

 打算や計算とは無縁のところで、
 ただ「書きたい!」という衝動に駆られて書いたものだからだ。

 まさか、
 またここに来るとは、
 しかもこのようなカタチで再訪するとは、
 あのころ、
 よもやおもいもしなかった。

 もちろん感慨深くもあったし、
 懐かしいな甘酸っぱいな、
 ともおもった。
 けれど、
 「あのころはよかった」
 というのとはちょっとちゃうねんな。

 だって、
 いまがサイコウなんだもん。

 と、
 言ってしまいたい。

190118(11)11.jpg

 和歌山から大阪に戻って来て、
 次の目的地までいく飛行機の時間まで、
 まだちょっと余裕があった。

 ので、
 この際センチメンタル・ジャーニーのつづきを、
 としゃれこんだ。

 むかしむかしの大昔、
 オレ、
 この界隈でブイブイいわせとったんやで。

 スイマセンうそつきました。

 この街がかつて少年時代の遊び場のひとつだった。
 が、
 こうしてまともに再訪したのはいつ以来だったのか、
 もはや定かではない。

 そしていま、
 あたりまえだけど街はすっかり様変わりしていた。
 なにもかもかわっている。
 右も左もわからない。

 オホーツク在住の浦島太郎参上。

 190118(10)10.jpg

 所在なげにしばらくウロウロして、
 真新しいビルの隙間にスッポリはさまって、
 ものすごく肩身せまそうな佇まいの食堂にはいった。

 「肉うどん」450円。
 すさまじい価格。

 年配のご主人が独りでお店を切り盛りしておられるようだ。
 エプロン姿で、
 熱いお茶と冷たいお冷の両方を運んできて、
 目のまえのテーブルに置くやいなや、
 開口一番「あけましておめでとうございます」と挨拶された。

 意表をつかれた。

 おもわず「肉うどんください」と言ってしまって、
 あわてて「あけましておめでとうございます」と返した。

 御主人は意にも介さず、
 「ハイ、肉うどんですね」
 と言って奥の調理場にひっこんだ。

 ほどなくして出てきた肉うどんは、
 玉ねぎと生姜で一緒に炒めた豚肉がチョロッとのっているだけ。
 うどんは箸で持ち上げるとたちまちブツッと切れそうなコシのなさ。
 オツユはひたすら薄い。
 そこにダシの深い旨味やコクがあるのでなくストレートにただ薄い。

 そんな、
 昭和の関西の大衆食堂のお手本のような安もんの肉うどん。

 はっきりゆうてこのご時世、
 意識高い系の高級うどんなんかそこらじゅうに溢れとる。
 こんな安もんのうどんの古典、
 探したってなかなかあれへんでえ。

 オレは心のなかで喝采をあげた。
 「そうなんや、オレはいま、こんなうどんをこそ求めてたんや!」

 満足して、
 「ごちそうさまでした」
 といって、
 御主人に500円玉を差し出すと、
 「ありがと~」
 といって50円玉を返してくださった。
 それを財布に仕舞って、
 じぶんも「ありがと~」といって、
 ガラガラッと戸をあけ暖簾をくぐって店の外に出た。
 その背中に、
 もういちど「ありがと~」と、
 やわらかな関西なまりの御主人の声が、
 やさしく染みわたるように届いた。

 そやねん、
 こどものころ、
 こんな大人の「ありがと~」を聞いて、
 オレはおおきなってん。

 ああ、
 やっぱエエなあとおもった。

 つくづくじぶんは浪速の子。

190118(1)1.jpg

 すっごい遠くまで来ちゃったけど。

 流れ者の浪速の子。

 円広志 夢想花

copyright © 2004-2005 Powered By FC2ブログ allrights reserved.