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BIZENアングラ・アングラーズ
フライフイッシングとフライタイイングに関する話題など
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LOVE FIRE
190331 (2)2
 Bunny Wailer - Riding

 このエゾジカの毛、
 ちょっとおもしろい。

 毛の根元の暗色と先端付近の淡い色のコントラストにすごくメリハリがある。
 毛の先っちょの白いとこの色がスカッと抜けている。
 なので、
 こうしてカディスのウイングに巻き止めると、
 先端の白いとこが際立って目立つ。
 ので、
 全体はこのような茶褐色の暗色系の毛なのに、
 ウイング先端部分の白いところがちょうど良いインジケーター代わりになりそう。

 はやくじっくりべったり試したい。

1903311.jpg

 エゾリスのファーとガードヘアーをボディ全面にループダビングした、
 ロングシャンク大型サイズのウエットフライの作例。

 当地ハイシーズンのあっちこっちの川でバンバカ流れている、
 シマシマ模様のでっかい毛虫を意識したサイズとフォルムとヴォリューム。


 とまあ、
 このところ毛虫毛虫って、
 やたらと毛虫テイストなフライばっか載せてる。

 それは、
 昨シーズンの夏、
 「なんでいままでコレに気がつかなかったんやろう」
 くらいの勢いで流下している種種雑多な毛虫の存在にようやく気がついたから。

 なんだけど、

 毛虫を意識したフライをつかって、
 キョーレツな釣りを体験したのは、
 なにも今にはじまったことではなくて、

 この話しはまえに雑誌にも書いたし、
 このブログでも書いたかもしらんけど、

 いまから30年以上もまえ、
 遠い遠いむかしの大学生のころ、
 岩手県の大船渡と釜石のちょうど中間くらいのところにある、
 三陸町越喜来というところの、
 そのまたさらに奥にあった崎浜というちいさな漁村に下宿していたころ、

 三陸地方のリアス式海岸沿いに無数に流れている小渓流にて、
 初秋のころ、
 イワナやヤマメがどでかい黒い毛虫を飽食しているのを発見して、
 半信半疑でウーリーワーム的なフライを沈めてみたら、
 こんなちいさな渓流のどこにおったんや?
 とビックリするようなごっついヤマメがボッコボコ釣れたことがあった。

 ものすごいショッキングな釣り体験やった。

 で、
 そんな大学生のころ、
 じぶんはものすごいアトピー皮膚炎に悩まされていた。
 
 今回はそんなアトピー皮膚炎の思い出の独り語りをしようとおもう。

 ぼくがアトピーを発症したのは、
 新潟の高校を卒業するころ。
 
 それからだんだん症状が酷くなって、
 大阪の実家にいた浪人生のころや、
 大学1年のころの教養学部で神奈川にいたころ、
 何件かの皮膚科の病院を転々とはしごすることになった。

 で、
 それらの病院で口をそろえて言われたことは、
 いわく…この病気は完全には完治しませんよと、
 通院しながらクスリをつかいながら、
 だましだましやっていくしかありませんよと……。

 とても難儀やった。

 そんなアトピーの症状がピークだったのは、
 岩手県の三陸町に移った大学2年のころ。

 どれぐらい酷かったかというと、
 まずは朝、
 目が覚めたらまぶたが開けられない。
 寝ているうちに、
 アトピーでただれてザクロのようになった顔中を無意識に掻きむしってしまって、
 それで流れ出たアトピーの膿がまぶたをふさいで、
 そのまま固まってしまうから。

 んで、
 朝になって目が覚めたら、
 まずはバリバリッとまぶたを指でこじあけて、
 そして着替えようとするやん。
 毎日が血染めのパジャマとシャツ。
 全身びっしりアトピーなもんで、
 血のまじった膿がシャツににじんでガビガビに乾いて皮膚にくっついて、
 それをベリベリッとはがすと、
 たちまちまたもや身体のあちこちからダラダラッと血の混じった膿が溶岩のように流れ出た。
 毎朝が血まみれ地獄。

 それでオシッコ行くやん、

 で、
 オシッコするやん、
 そのたびに悶絶するほどしみるの。

 なんちゅうても、
 全身アトピーまみれ。
 皮膚の柔らかいところ敏感なところは、
 そりゃ~もうエゲツない惨状。

 そんな状態で、
 学校にはほとんど行かず、
 釣りばっか行ってたんやけど、

 たまに学校行ったら、
 あるとき購買部のおばちゃんが、
 「アナタ、ここの皮膚科に行ってみなさい」
 って、
 陸前高田にある皮膚科を教えてくれた。

 なんだけど、
 自分としてはこれまでの経験から、
 もはやどこの皮膚科の病院で診察してもらっても、
 なんか形式だけの問診と、
 効いてるのかどうかもわからんクスリわたされるだけやと思っていたので、
 おばちゃんの親切も当初は受け流していた。

 そして、
 アトピーの膿をドロドロ垂れ流しながら、
 あっちこっちの渓流で釣りばっかしていた。

 ガンガン釣りのぼって、
 汗かいてくると、
 意識が遠のくかんじで痒くなってきて、
 グワーッとなって、
 釣り場で汚い手で掻きむしってしまって、
 そうするとこんどは痒痛そして激痛。
 もう悪循環もいいところ。

 ヒイヒイ言いながら釣りしとった。
 
 なんちゅうか、
 全身アトピーで腫れあがってふくらんで、
 常に身体のどこかしらが膿でグチョグチョ。

 で、
 たまに学校に行くと、
 おばちゃんはぼくに会うたびに、
 あそこの皮膚科に行きなさい行きなさいって、
 すごいしつこく言う。

 そして、
 ぼくがあんまり学校に来ないから、
 おばちゃんはとうとうぼくの下宿にまで来てくれて、
 「行きなさいっ!」
 って怒るわけ。

 なので、
 そんなにまで言ってくれるおばちゃんの顔をたてるためと、
 ちょうど気仙川のとある支流が気になってたんで、
 そこに釣りに行くついでに、
 その皮膚科に診察してもらいに行った。

 んで、
 その陸前高田の皮膚科の先生は、
 ぼくを見るなり、
 「うわ~、これはひどい。たいへんだったねえ」
 と言った。

 しかしぼくは、
 これまでの皮膚科の病院でさんざん言われていたのもあって、
 世を拗ねたような口調で、
 「でももう、これは治らないんですよね」
 と聞いた。

 すると、
 このときのこと、
 いまだに鮮烈に憶えてるねんけど、
 「いや、治りますよ」
 その先生は言いきりはった。
 キッパリと。

 そして、
 まず顔から上半身をじっくり診てくださって、
 脇の下やらなんやら診るたびに、
 先生が「うわ~、これはひどい」と言いながら、
 皮膚をすこしづつ削るように採っていくわけ。

 で、
 先生はその削った皮膚を顕微鏡でいちいち観察しては、
 逐一看護婦さんになにか指示していた。 

 でさあ、
 その「うわ~、これはひどい」
 って言われるたび、
 なんか不思議なことに気持ちが安心するっていうか落ち着くっていうか。

 なんか、
 これまでかかった皮膚科の病院とは、
 診てくださる先生から伝わる雰囲気がまるでちがう。
 こちらの気持ちに「寄り添ってくださってる」ってかんじ。

 そして、
 めちゃめちゃモジモジしてしもてんけど、
 「あの、それで、恥ずかしいところも、ものすごいんですけど……」
 というと、
 それまで周囲にいた看護婦のおばちゃんやお姉さんがいったんスーッと消えてくれて、
 カーテンをサーッと引いてくれて、
 乾いた膿でガビガビにくっついたブリーフをベリベリッと剥がすように脱ぐと、

 キンタマの裏からオシリの穴の周辺まで、
 すべてくまなく診てくれて、

 そして注射打ってくれて、
 「これから塗り薬を塗りますので」
 と言われてしばし待つ。

 ここからがまたすごかったんや。

 こんどは看護婦さんが、
 「は~いビゼンさ~ん、恥ずかしがってるばあいじゃないのでね~、ここにこうして立ってくださ~い」
 と指示されて、
 フルチン全裸でバンザイしながらお股ひらいて大の字で仁王立ち。
 そして、
 看護婦さんが3人がかりで全身くまなく塗り薬を擦り込んでくださって、

 んでさあ、
 これも鮮明に覚えてるねんけど、
 おばちゃん看護婦さん(おばちゃんやけどメチャ美人)が、
 フルチンのぼくの真正面にしゃがんで、
 「は~いビゼンさ~ん、ちょ~~っとむずかしいこと考えててね~」
 と上目づかいで言うやいなや、
 ためらいもなくヒョイッとぼくのイチモツをつまんでひっくり返すと、
 キンタマやら棒にグリグリ薬を擦り込んでくださった。

 むずかしいことを考えるのはなかなか困難だった。

 そして、
 全身各部位の塗り薬の塗り方とか、
 ものすごく懇切丁寧に指導してくださった。

 そのあと、
 下宿に帰ってから悪友たちのまえで、
 「それでな、こんなカッコでキレイな看護婦さんに敏感なとこグリグリしてもろてん。アトピー・ハーレムや~」
 なんつって、
 そのときの様子を多少盛りながら再現した。

 そんなハーレム話しは、
 その後の宴会などで必殺の笑い話として学友たち皆で語り継いだ。

 そしてそのとき処方していただいた塗り薬がまたすごくて、
 全身各部位ごとにそれぞれ塗り薬が異なっていて、
 覚えるのがたいへんやった。

 なんちゅうか、
 それまで通院した皮膚科とは、
 もうなにもかもが異次元だった。

 で、
 とにかくビックリしたんはそのあと。

 アトピーでふくれあがって腫れぼったく、
 常に熱を帯びて火照っていた身体に不思議な変化がおこった。

 なんだかスーッと熱が引いていくような感覚があって、
 そのつぎの朝、
 目が覚めたら自然にまぶたをあけることができて、
 オシッコしても悶絶するほどしみない。
 これならぜんぜん耐えられる。

 なんじゃこれ~。
 本気でそう思った。

 それから日を追うごとに、
 通院すればするほどに、
 あれほど猛威をふるっていたぼくのアトピーは、
 まさに潮が引くように消えていった。

 魔法のようだった。

 感謝しても、
 感謝しても感謝しても感謝しても、
 感謝しきれない。

 そんなわけで、
 三陸にいたころは、
 春は朝早くから皮膚科にでかけて、
 診察のあと、
 昼から気仙川の下流でヒカリを狙った。

 初夏になると、
 早朝の定置網漁のバイトを終えてから、
 ゆっくりめに皮膚科に行って、
 帰りは気仙川の本流や支流でイブニングを釣った。

 冬はサケマスふ化場に入り浸って、
 そこから皮膚科に通いつつ、
 ふ化場で働いたバイト料をレコードやハックル購入につぎ込んだ。

 学校に行くヒマはなかった。

 それでもたまに学校に行くと、
 購買部のおばちゃんがスッキリしたぼくの顔を見るたびに、
 「よかったねえ、よかったねえ」
 と言ってくれた。

 やさしいおばちゃん。

190329(9)9.jpg

 Bunny Wailer Love Fire  

 そんなわけであの時代、
 この曲をカーステレオでブンブン鳴らしながら、
 三陸地方のまことに美しい海沿いの国道を、
 毎日毎日あっちこっち。

 牧歌の時代をアトピーとともに……。

 あんなに辛かったのに、
 愉しい思い出としてしか思い出せないのはどういうわけだろう?

 しかしこの曲はすごいな。
 レゲエを好きになった高校生のころから、
 もうずっと聴いているけれど、
 いまもあたらしい。
 
 
 最近どうも気持ちが落ちている。
 書いたり巻いたりが億劫でしかたがない。
 けれど、
 なんとか3月のうちに書けてよかった。

 

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