
昨年の5月最後の週末の釣り。
この日の釣りは、
ついこの前のことのようによく憶えているのに、
アレ気がつけばもはや一年前のこと。
なんでやねん?
歳を重ねるごとに、
時の流れがどんどん流速を増して、
早瀬どころか岩をも噛みくだく激流のごとく過ぎ去っていくようだ。
この現象は一体全体どういうことなんだ?
という話題になると、
「ビゼンさんね、それ、あと10年経ったらも~っと早くなりますから」
「そして、その10年もアッという間ですから」
ひと回り年上の仲良くしていただいている先輩が、
もう心底から実感ひとしおのていで、
…覚悟しとけよ…みたいな口調でいつもそう言う。
ほんとにおそろしいことだ。

エゾリスのストリップド・スキンをボディに巻き止めて、
マジックで黒く塗った銀色のビーズヘッドのうしろに、
エゾリスのファーをハックル状にパラッとひろげてヘッドに巻いた。
一見するとゾンカー風。
というようなフライを、
6フィート3インチ2番の竿でつかうって……どうなのソレ?
この日、
当初はこのようなフライをつかうつもりなどまったくなく、
オホーツク地方の遅い春を迎えたばかりの山上湖に、
ニジマスやアメマスのライズ求めて、
ウキウキとフロートチューブで漕ぎだしたのだった。
予想では、
ちょうどミドリカワゲラの仲間の羽化がはじまって、
バンク際ぎりぎりの倒木の下や枯れた葦のキワなんかに、
若いニジマスやアメマスたちが集結。
クルージングしながらせっせとライズしているはずだった。
フロートチューブでにじり寄っていって、
そんなライズを2番の短竿でエレガントに、
そしてテクニカルに釣りまくっちゃおう……という目論見だった。
フライボックスには、
ワシミミズクのクイルをボディに巻いて、
ヒグマの柔金毛をダウンウイングに据え、
ハニーダンやらシャンパンダンやら秘蔵のハックルをパラッとハックリングした、
サイズ14番や16番ほどのミドリカワゲラちっくでカスタム・タイドなドライフライを数本忍ばせて。
フライもすっかりおめかししちゃいました春だもの。

風もなく、
おだやかに晴れた春の日、
思惑どおり、
春霞のなかミドリカワゲラがそこかしこでヒラヒラ舞っていた。
ライズも、
あっちこっちでそこそこあった。
午前中めいっぱい釣って、
イッピキだったかニヒキだったか、
ニジマスだったかアメマスだったか、
ここは記憶が定かではないけれど、
ドライフライで釣ったような……。
しかしそれは「釣った」というよりも「たまたま釣れてしまった」サカナ。
まったく会心の一発ではなかったがゆえに、
定かな記憶はない。
なにがどうなったのかこの日、
一事が万事、
やることなすことすべて、
歯車のどこかがズレていた。
ライズを見つけて、
倒木の下にフライを送り込もうとして、
フライを枝や木の幹に引っ掛けること数十回。
いかにも釣ってくれといわんばかりのイージーに見えるライズ発見。
こんどこそはと、
慎重にフライを投じるも、
無駄な力が入っていて、
ぜんぜんおもったところにフライが落ちない。
まったく冴えない。
なんでやねん?
そして、
ようやくパコンッと出ててくれて、
しかも、
もう疑いもなくパクッと喰ってくれてるはずなのに……、
ことごとくスッポ抜け。
なんでやねん?
気持ちはギスギスささくれるばかり。
穏やかで晴れやかで慈悲に満ち満ちた菩薩の釣りゴコロで、
ウキウキワクワクで湖上に浮かんだはずが、
いまやイライライライライライライライラ最高潮。
そうなると、
封印していたはずの記憶の蓋がいきなりパカッと開いて、
なんでか次から次に思い出す、
イラッときたりムカッときた思い出がスーパーハッチ。
負の連鎖全開モード突入。
そしてフライを枝やら草やらに引っ掛けつづけ、
フライに出てもスッポ抜け、
たまに掛ってもすぐバラし……。
もはや気持ちのもっていきどころがなくなってしまった。
しゃかりきになってスッポ抜けバラしつづけて正午過ぎ、
空が曇ってきたと同時にライズもすっかりなくなった。
なんでやねん?
もはや肉体でははなく気持ちが疲れ果ててしまって……、
それでも納まりがつかず、
一大決心をして、
この山上湖の奥のはるか彼方にある大物ポイントまでフロートチューブで遠征して、
そこに必殺のニンフを沈めてやろうと漕ぎだしたのだった。
そのとき、
ふと思いついた。

…どうせなら、この機会にエゾリス・ファーの水中でのうごきをじっくり確認しよう…
なんてったって、
エゾリスのスキンをはじめて入手できたのは、
この年の冬のこと。
まだまだ未知のマテリアル筆頭格。
おもえばこれまで、
グレイ・スクイレル、
パイン・スクイレル、
レッド・スクイレル、
そしてフォックス・スクイレルなどなど、
異国のリスのオケケはたくさんいじくってまいりました。
さあ、
我が北海道が誇るリスの毛はどうなんだ?
アンニュイ過ぎるにもほどがある、
よどんだ気持ちの午後の気分直しにはもってこいの思いつき。
フロートチューブの真横にこのエゾリス・フライをチョンと沈めて、
竿を立てて、
リーダーとティペットだけが竿先から出ている状態で、
そのままフライの動きを眺めながら、
彼方のポイントにむけて足ヒレを漕いだ。
フロートチューブの素晴らしいところは、
浮き輪に乗って水面のうえに座っている状態なので、
目線が水面にすごく近いところだ。
なので、
フライの動きや浮き方や沈み方などなどの仔細を間近でじっくり見ることができる。
このままこのフライをひっぱって動きを観察しながら、
ポイントまで漕いで行こうとおもっていた。
ほぼエゾリスの毛だけで巻いたフライは、
たちまち水を吸って、
スッと水面下に沈んだ。
そしてヒラヒラユラユラと、
なんとも艶めかしく柔らかく全身の毛をなびかせて泳いだ。
エゾリスの毛はほんとに不思議だ。
ふさふさの毛が生えているほかの動物の毛は、
ほとんど例外なく濡れにくいように出来ている。
そして、
毛皮の状態になったとしても、
種類によって程度の差はあれど撥水性に富んでいるのが、
毛のある動物というものではないか?
だって、
すぐに濡れると野外の暮らしに困るじゃん。
なのに、
エゾリスの毛は、
おどろくほどすぐ濡れる。
まるで水分を吸うように濡れる。
そしてそのままずっと濡れている。
保水性もばつぐん。
これはフライとして、
吸水させて速やかに水面下に馴染ませる、
という点ではものすごく都合が良い。
そのうえ、
水を吸った柔らかな毛が、
ものすごく敏感に、
まるでとろけるようにユラユラ水流になびいている。
しかしエゾリス、
こんなヘタレな毛では、
雨の日とかたちまち濡れそぼって、
凍えたりせえへんのやろか?……。
などと、
エゾリスの身のうえを身勝手に心配しつつ、
足ヒレをゆっくり漕ぎながら、
目の前でユレユレテレテレゆらぎながら泳ぐエゾリス・フライをボ~ッと眺めていて、
……そうだ!エゾリスの毛のキャッチコピーは
「まるでマラブーのようなヘアーズイヤー」
これでいこ……

などと夢想を巡らせていると、
いきなり、
手を伸ばせばすぐ届くところで泳いでいるエゾリス・フライにむかって、
イッピキの若いニジマスが深みから突如浮上してきたかとおもうと、
猛然とチェイスしはじめたではないか!
うおおお~。
視線の先1メートルもないようなところで、
ニジマスがフライにバンバン体当たりしながら、
右に左に魚体を翻して、
まるでなにかにとりつかれているかのように興奮しながら、
執拗にフライを追っている。
その様子の仔細がすぐ目の前で手に取るように丸見え!
すっげ~。
で、
ここはいっちょフライを食わせてやろうとおもって、
垂直に立てていた竿をかるく倒して送り込んで、
フライの泳ぐスピードを緩めた。
フライの泳ぐ姿勢がビーズヘッドの重みもあいまってスッと変化したそのとき。
ニジマスはハッと我に返って呪縛から解けたように、
「あっヤベエ!」
なんて仕草で一瞬で消えていった。
なんだったんだ?
そしてまたも間をおかず、
おなじように目の前で泳がせつづけていたエゾリス・フライに、
さっきとおなじような若いニジマスが浮上してきて、
フライを追った。
こんどはそのままのスピードを保ちながら、
ず~~っとテレテレテレテレゆっくり足ヒレを漕ぎながら、
固唾をのんでニジマスの様子を見守った。
かなりの距離をそのまま進んだ。
けれど、
ぜんぜん逃げない。
そればかりか、
どんどん興奮の極に達してフライを追っている。
そんなニジマスがフライを喰い損ねたり、
体当たりするたびに、
スックと立てた2番の竿がビクンビクンとおじぎをした。
そしてとうとう、
ニジマスがバクッとフライをくわえてグルッと反転。
リールがジジジと逆回転して、
竿を握る手にグンッと重みがのって、
竿がギューンと曲がった。

おもしれ~~~。
名づけて「サイト・ハーリング」

この日の午後、
こうしてひたすらエゾリスの毛のユラユラを眺めて、
十数匹ほどのニジマスのチェイスに興奮しながら、
その様子をガン見観察して、
数匹のニジマスを釣りあげた。
いずれのニジマスも、
一定の速度で泳いでいるフライになんらかの変化をつけた瞬間、
ハッと我に返って慌てふためいて脱兎のごとく深みに消えた。
しかし、
そのまま同じ速度とテンポでフライをずっと泳がせていると、
ニジマスはいつまでもどこまでもしつこく追ってきて、
そのうち何匹かはとうとうフッキングしてしまった。
大物ポイントにはたどりつけなかった。
楽しみにしていたドライフライの釣りは終始散々だった。
でも、
転んでもタダでは起きまへん……。
いろんな示唆を得て満たされ、
脳内にワラワラ湧き出てきたアイディアと妄想にワクワクしながら、
午後おそくに水からあがった。