BIZENアングラ・アングラーズ
フライフイッシングとフライタイイングに関する話題など
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歴史小渓流ロマンその5
 雨上がり、
 ヌチャッと湿気がウザイ曇り空、
 近所の川に釣りに行く前に、
 そっとブログなぞしたためる、
 アンニュイな午後…

 というわけで、
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 エドワード・リングウッド・ヒューイット、
 およそ100年前のセオドア・ゴードンが幕を開けた、
 キャッツキル・フライズ黄金時代の流れを知るうえで、
 けして忘れることのできない先人。

 でもあり、
 ネバーシンク・スケーターの考案者ということからも伺えるように、
 キャッツキル・フライの世界の奇才であり異端であり才人だった。

 また、
 タイヤーや釣り人としてだけではなく、
 キャッツキルの銘川のひとつ、
 ネバーシンク・リバーを舞台に、
 マスの養殖と放流から川の保全…、
 さらには、
 いくつかの著書だけでなく、
 個人指導からスクールまで、
 フライフイッシングの普及にも努めた。

 もう、
 やることなすこと、
 一歩も二歩も時代を先取りしていたのだった。
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 そのもっとも典型的な例のひとつとなるフライを…。
 ヒューイットは、
 アメリカで一番最初に、
 本格的にニンフの釣りに取り組んだ釣り人のひとりでもあった。

 写真のように、
 ボディを接着剤でガチガチに固めたニンフ群。
 ハードバックド・ニンフと呼ばれたこれらのシンプルなニンフは、
 水生昆虫の写実主義をこそ最上としていた、
 70年代ころのお偉い評論家に言わせれば、
 努力は認めるが的を外した失敗作であり過去に遺作…などと揶揄されたりもした。

 のだが、
 時代が進んでみれば、
 評論家の巻いた一見「そっくり」なニンフ群は時代に淘汰され、
 知ってか知らずか、
 ぼくらのニンフボックスの一軍選手の源泉を辿れば、
 ヒューイットのニンフフライの流れを汲むといってもいい、
 シンプルでファジーなニンフこそが……
 というのは、
 ゴールドリブド・ヘアーズイヤーが大好きな、
 ぼくらのよく知るところだ。

 とはいえ、
 ヒューイットの足跡を追いながら、
 その人となりに想いを巡らせてみると、
 当の本人は、
 そんなことどうでもよかったのかもしれない。

 といった風情が漂っている器のでかさにも、
 いたくシビレる。 
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 ヒューイット、
 女性アングラーにご指導の図。
 他者と交わることを好んだ彼に指導された、
 シアワセな釣り人は、
 老若男女問わず数え切れないらしい。

 リールが逆さまですよ…なんて野暮はいいっこなし。
 やりやすいようにやりゃあいいじゃん。

 で、
 そんな写真のよこに添えたのは、
 ネバーシンク・スケーターと並ぶヒューイットの代表作、
 「ブラウン・バイビジブル」

 オーバーサイズに巻いたハックルをベッタリ水面に張りつけて、
 その曖昧でファジーな生命感と存在感でマスを誘い出した、
 ネバーシンク・スケーター。

 かたや、
 フックシャンクにビッシリとハックルを巻いて水面からボカッと高く浮かせて、
 その曖昧でファジーな生命感と存在感でマスを誘い出した、
 ブラウン・バイビジブル。

 フライの水面での浮き方も、
 サカナからの見え方も違うけれど……、
 
 かくたる模倣対象はないのに、
 なぜだか虫っぽくて動きがあるふたつのフライ。

 そしてなにより、
 ハックルという素材のもつ旨味妙味を、
 これ以上ないくらい最大限に引き出した構造のふたつのフライ。

 ヒューイットって、
 釣りが上手やってんやろなあ…。

 どうでもええことやけど、
 ぼくがはじめて渓流でヤマメを釣ったフライが、
 このブラウン・バイビジブル。
 高校二年生の夏のこと…。
 やりとりもへったくれもなくゴボウ抜きして、
 河原にベタッと落ちた小さなヤマメが、
 ブラウン・バイビジブルをくわえてブルブル身体を震わせていた。

 あの瞬間の思い出から、
 なんかえらい遠くに来たような…、
 それでいて、
 なにも変わってないような…。

 もうすぐ連れと川に行く約束の時間。
 せめて一個だけでもフライ巻いとこかな…、
 20番の、
 フタバコカゲロウみたいなイマージャーっぽいやつ。
 午後4時半から5時までが勝負やねん。
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