BIZENアングラ・アングラーズ
フライフイッシングとフライタイイングに関する話題など
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藍紅
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 その湖の湖岸に降りるには、
 笹に覆われた急斜面の小道をしばらく歩く必要があった。

 小道は、
 ところどころから清水が湧き出して流れ、
 ちいさな沢のようになっている。
 ありったけ着膨れたネオプレーンのウェーダーと、
 フロートチューブを背中にかついだいでたちでは身動きもままならず、
 ぬかるんだ足元になんども足がとられそうになってヒヤリとした。

 それでも、
 くるったように鈴をジャカジャカ鳴らしながら、
 一心不乱ほとんど小走りに湖まで一気におりて、
 ヒイヒイヒアハア言いながら足ヒレを着けて沖に漕ぎだした。

 ようやくのこと、
 周囲の景色を眺める余裕ができた。

 が、
 アッとおもっていまいちど湖岸に戻り、
 じぶんが湖岸におりた地点の立木にタオルをしっかり結んでおいた。

 圧倒的に広大な原野の、
 のしかかってくるような深い森のなかの湖。
 もし、
 小道の所在がわからなくなったら…………、

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 きょうはコレでいく。
 コレでこそ釣りたい。
 この場所こそ、
 このフライにふさわしい。

 色づきはじめた湖岸の森の木々を眺めながら、
 そのようにおもった。

 剥き出しの野性の気配に、
 ありったけの敬意の念を込めて、
 ティペットの結び目を慎重に確認してから、
 インディアンクロウのシッポを濡らした指先で揉んだ。

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 完璧だった。
 ささやかな願いは…この無垢の野性一尾ですべて成就した。

 

 行きはよいよい帰りは怖い……、

 いや、
 行きも相当なもんだったけれど……、

 湖岸から藪を漕いで小道にあがるとき、
 斜面と立ち木にさえぎられて先の様子がわからない。
 鈴を鳴らすだけでなく、
 なにか叫んだほうがいいかとおもって……、

 「ぼく、ここにいます~~~っ!、これからあがります~~~っっ!!」

 ……テメー自分で自分の居場所を絶叫してどうすんだよ……
 自分で自分に突っ込んだ。

 フロートチューブを背中にかついで、
 急斜面をあえぎながら登った。
 一日中湖水につかって冷え切った身体から一転、
 たちまち滝のような汗が流れて息が切れた。

 両手は、
 フローターに竿に足ヒレを持っていっぱいいっぱい。
 いでたちは、
 パッチが二枚、
 厚手のフリースのパンツも二枚、
 ソックスのうえから足裏にホカロンを貼って、
 さらに分厚い靴下を二枚重ねて履いて、
 そのうえにネオプレーンのウェーダー。
 これでは膝をかがめるのすら苦労する有様。

 まったくの無防備状態。

 気配は濃厚、
 「あのへんは巣窟だからねえ」と言ったヒトもいた。
 そのまっただなかにただひとり……、
 
 これで目の前に出てこられたら、
 もうなすがままのスティルボーン。

 マスが泳ぐ流れのなかを、
 脱皮殻を身にまとったまま浮上する、
 ちいさなカゲロウのイマージャーの気持ち。

 急斜面の途中で、
 鈴を振り鳴らす余裕すらなくなり、
 ……そうや、歌うたおう……、

 しかし、
 あれほど日常的に聴いているレゲエの類は一切出てこず、
 ゼエゼエハアハア言いながらとっさに口をついて出たのは、

 ……♪ある~日、森のな~か、クマさんに♪……

 「会いたくね~よ~~~~」


 林道の脇に止めたクルマがようやく見えて、
 鍵をあけてエンジンをかけ、
 オーディオのヴォリュームをあげてから、
 着ているものを脱いで脱皮した。

 ぶじにハッチできて、
 ホントによかった。

 荷物をぜんぶ片付けてからも、
 日が暮れるまでそこにいて、
 森が闇のなかに沈んでいくのを、
 ずっと眺めていた。

 余韻はすこぶる甘美だ。

 帰り際、
 夕闇の林道をのろのろ運転しながら、
 …いまクマ出てこねえかな~見てみたいな~…
 と、
 ぬくぬくしたクルマのなかでおもった。

 林道をぬけて、
 舗装した農道にでると視界がひらけ、
 地平線へとつづいている原野の森の樹海が黒いシルエットになって、
 どこまでもひろがっている。

 畏怖の念ひとしおだった。
 
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