BIZENアングラ・アングラーズ
フライフイッシングとフライタイイングに関する話題など
201704<<12345678910111213141516171819202122232425262728293031>>201706
運命のひとひねり
151105(1)1.jpg

 誰かに伝えたいというわけでもなく、
 誰かに告げたいというわけでもなく、

 かといって、
 こんなところで独りごとを言いたいというわけでもなく、

 なんとな~く、
 気まぐれ。

 秋の夜長の戯言だ。

 ぼくの悪友のひとりに、
 ひと回りちかく歳のはなれたSというヤツがいる。

 ぼくがいま51だから、
 たぶんSはいま40くらい。
 コイツの歳なんかもう忘れた。

 Sとは、
 15年くらいまえ、
 以前住んでいた富士山の麓の街で知りあった。

 ちょうどそのころ、
 コイツはその街の養鱒場で働いていて、
 それが縁でちょくちょくつるむようになった。

 Sは、
 ぼくの知る限り、
 ぼくの周囲にいた誰よりも、
 「責任感のなさ」というところでブッチギリのダメなやつだった。

 Sにとって、
 約束というものはやぶるものであり、
 仕事というものはバックレるものだった。
 
 あれよというまに養鱒場をバックレて以降、
 いくつかの仕事に就いたはずだし、
 なにか新しいことに取り組んだはずだったが、
 どれもこれも、
 なにもかも、
 ひとつとして長続きしなかった。

 けっきょくSは、
 流れ流れてお定まりのチンピラ風情をきどっていたが、
 それすら中途半端。

 カッコ悪いやつなのだ。

 いや、
 たったひとつだけ、
 ときどき熱かったり、
 ときどき冷めたりしながらも、
 Sが子供のころから続いているものがあった。

 サカナ釣りだ。

 そんなわけで、
 Sは自分の釣り熱が高まると、
 当時住んでいた我が家に遊びに来た。

 そしてSは、
 このまえこんなことがあって、
 あんなことがあってと、
 近況報告をしてくるのだが、
 どれもこれも、
 ため息交じりに「アホちゃうか」と言いたくなるようなダメダメっぷり。

 「はっきりゆうけどな、オマエほどダメなやつ、オレの周りにおれへんで」
 「ほんまに生粋のナチュラル・ボーン・バカやなオマエ」

 当時、
 トラブルをおこしたSを、
 本気で怒鳴りつけたことも二度三度あったはずだ。

 そんななのに、
 なぜずっと付き合っていたのだろう?

 単純に、
 ものすごく単純に、
 Sと一緒にいると、
 コイツと話していると、
 いつだってものすごく楽しかったからだ。

 Sはいつも自分語りをするとき、
 その話しを聞いている人を楽しませよう、
 笑わせようとしていた。

 そしてまた、
 人の話しを聞くときには、
 じぶんの感性をフル動員して、
 その話しを自分なりに咀嚼して、
 グイグイのめり込んでくるようなところがあった。

 そんななので、
 コイツと話していると、
 たわいのない話しでもどんどん話題がふくらんで、
 じつに話しがいのあるやつだった。

 そしてまた、
 Sが人の悪口を言ったり、
 中傷するのを聞いた記憶がない。

 というよりも、
 そうした負の感情を、
 まったく感じさせないヤツだった。

 アホだバカだといいながら、
 ほんとにすごいな、
 とおもっていた。

 Sはカッコ悪いやつだが、
 その一点において、
 曇りのない、
 最高に魅力的なカッコいいやつだった。

 そして、
 そんなやつだったから、
 こいつの周りには、
 いろんな人があつまった。

 かくいう自分もそのひとり。

 だが、
 そんなSの類まれな人の良さが、
 Sの責任感のなさ、
 あるいは道徳心の欠如など、
 こいつのどうしようもない部分とリンクすると、
 坂道を転げ落ちていくように、
 ダメな方へダメな方へとひた走っていくのだった。

 そしてそれは、
 Sの周囲に集まって来る裏稼業な人間たちのせいではなく、
 すべてはSの意志の弱さによるものだった。

 富士山麓の街から、
 ぼくが現在住んでいる函館に引っ越してすぐ、
 Sから手紙が来た。
 このご時世にメールでもなく、
 電話でもなく、
 手紙。

 Sが逮捕されて、
 3年間の刑期を言い渡され留置生活となったからだ。
 罪状は、
 まことにSらしい、
 チンケでみみっちくクッソダサイものだった。
 雑魚チンピラの面目躍如といったところか。

 まあ、
 余所様に迷惑をかけたとか、
 他者を傷つけたというわけではなく、
 すべては自己責任といったところが唯一の救いではあった。

 Sは、
 獄中からせっせと手紙をよこした。
 便箋7枚にボールペンでびっしり綴った、
 ぶあつい封筒が毎月届いた。

 月に一回、
 その分量が個人に手紙を送れる規則なのだそうで、
 まったく知らなくてもよいことを知ることになった。

 留置場での生活のこと、
 そこで刑期をまっとうしようとしている人々のこと、
 そしてそんな暮らしのなかでのS自身の心境などなど、
 話題はさまざま。
 ここでも、
 Sらしいエンターテイナーぶりがおおいに発揮され、
 送られてくる手紙の内容はいつもバツグンにおもしろかった。
 ときに爆笑し、
 そしてときにS自身の我が身の所業を悔いる心境に想いを寄せた。

 Sならではの言葉と活きた文章で綴られた、
 読みごたえのある手紙だった。

 まさか、
 こいつにこんな文才があったなんてと、
 あの当時は真剣におもわせられた。

 おもえば、
 皮肉にもこの3年間がSとの蜜月だったのかもしれない。

 手紙を何度も読み返しながら、
 出所すればきっとひと皮むけるであろうナチュラル・ボーン・バカとの再会を心待ちにしていた。
 Sもまた、
 出所したら会って話したいことがたくさんあるのだと手紙の行間に匂わせていた。
 ぼくもまた、
 Sに話したいことがたくさんあった。

 たのしみだった。

 だが、
 その期待はあっさり裏切られた。

 出所に浮かれたSは、
 シャバにでたことであきらかに調子にのっていた。
 出所を知らせる嬉しいはずの最初の電話から、
 コイツのダメなところばかりがボクの癇に障った。
 ヤツのダレきった生意気な口調からは、
 刑期中に送られてきた手紙から感じとれた、
 Sのまっとうに生きようともがく人間の魅力は微塵も感じとることができなくなっていた。

 「おまえなあ、
 なにダレたことゆうてるねん?
 獄中であれだけ葛藤して思い悩んだのはなんやってん?
 その言葉を真に受けて、
 一喜一憂していたオレはアホ丸出しやんけ!
 シャキッとせんかドアホ!」

 何度目かの電話でブチ切れまくって一方的に電話を切った。

 そして悪い予感は、
 予想よりもはるかに早く当たってしまった。

 それからほんの数日のうちに、
 Sはまた塀の向こうに行ってしまった。
 前回とまったくおなじ理由で……。
 刑期3年。

 さすがホンマモンのアホのやることはひと味ちゃうわ。

 そしてほどなく、
 またSから毎月手紙が届くようになった。
 いわく、
 期せずしてビゼンさんに言われた通りになってしまいました。
 今回ばかりはさすがに反省いたしました……、
 本当に自分を心配してくれる、
 大切な人たちを足蹴にしている自分は、
 もうどうしようもない人間だと……、

 手紙には、
 我が身のバカさ加減を悔いる言葉が並び、
 それとおなじくらい自らに喝を入れたいと望む言葉が並んでいた。

 真摯な態度で刑期を務めあげることができて、
 晴れて出所した暁には、
 こんどこそ、
 こんどこそは、
 いまいちどマスたちとともに生きていきたい。
 ワタシはいま、
 釣りとサカナを渇望しております……。

 そんな手紙が送られてきて、
 ぼくは素直にメチャクチャよろこんだ。

 そうなんや、
 こんどこそようやくわかったか、
 オマエはなあ、
 サカナいじって生きていく以外に道はないのや。

 ほんのちょっと、
 ほんのすこしだけ軌道修正できれば、
 そしてなによりも、
 なによりもなによりも、
 またマスたちとの生活に戻れれば、
 Sがもっているはずの溢れんばかりの可能性と、
 こいつならではの才能とセンスがいかんなく開花して発揮できるはずだと、
 おおいに期待した。

 のだが、
 Sは突っ走り過ぎた。

 貪るように読書にハマッたのはすばらしいが、
 わるいけどボクから見れば読むにも値しない、
 啓蒙書や啓発書や哲学書の類ばかりを読みあさり、
 それでわかってもいないくせにわかったような気になって、
 誤解に誤解を重ねながら、
 オレの精神と肉体はいまこそ高みにのぼっているのだと、
 どんどん勘違いしていくサマが歯がゆかった。

 おまえ、
 宗教家か思想家にでもなりたいのか?

 Sにしか表現できなかったはずの、
 活きた言葉は消え失せてしまった。
 言葉のボキャブラリーは飛躍的に増えて、
 文面だけはキレイに整ってはいるけれど、
 どこかから借りてきたような、
 おもしろくもなんともない、
 ただ長いだけのナニ様根性が見え隠れする自分語りな手紙を読むのは……つらい作業でしかなくなった。

 そしていつのまにか、
 小難しく見えてそのじつナニを言いたいのか伝わってこない手紙から、
 サカナや釣りの話題も消えてしまった。

 さびしかった。

 出所したらすぐにでもお会いしたいです、
 との、
 なんだか妙に大人びたような申し出も、
 ただ重いものになってしまった。

 スマン、
 正直に言う、
 うざくなった。

 Sの出所直前、
 ぼくはSに荒っぽい手紙を書いた。

 まず、
 出所してもオレとの連絡は、
 これまでどおり手紙のみ。
 メールも電話も受け付けない。
 そしてなによりも、
 オレと会うまえに、
 最低でも3年間はひとつの仕事をやりつづけてくれ。
 これをこそ確約してくれ。
 そしてそのあと、
 お互いにまだ会いたいという気持ちがあれば再会しよう。

 そのように書いて送った。

 出所まえ、
 望むところです、
 とヤツが宣誓して交わした約束は、
 やはり守られなかった。

 出所後、
 こいつがクソつまらないカン違い思想家になったらイヤだなあ、
 との心配はまったくの杞憂におわった。

 なんのことはない、
 前回同様、
 出所したと同時に送られてきた手紙から、
 またもとの生粋のアホに戻りつつあることがうかがえた。

 もうどうでもよくなった。

 そして、
 間髪いれず送られてくるアホのメール。
 返信はしなかった。
 する気にもなれなかった。

 しかし、
 ほどなく、
 「大物が釣れました」との写メールが送られてきた。
 ボクもよく知っているポイントで釣れたという大物ニジマスを、
 誇らしげに抱えたSの写真。

 ほんとに久しぶりに見たSのドヤ顔。
 なつかしかった。
 あのころ、
 この顔を見るたびに心の底から爆笑していた。
 
 そして、
 ついつい返信しちゃったのだった。
 「メッチャええニジマスやんけ~」
 
 「ビゼンさん!すごいんです!このニジマスの腹裂いたら、
 なんと胃袋から鳥が出てきたんです!
 水面に落ちた鳥をガバッと食ったんですねヤバイっすよ!」

 「食ったのかよ」

 「ハイ、おいしくいただきました」

 一瞬、
 電話で声が聞きたいナとおもったボクもアホだった。

 そのあと、
 手紙が書かれることもなく、
 何度か送られてきたSからのメールは、
 どれも気に食わない内容だった。
 アホ丸出し。

 そのままほったらかしにしていたら、
 いつのまにかメールも途絶えた。

 しかし、
 そうなったらそうなったで、
 じぶんからそのように仕向けたくせに、
 それはそれで、
 なんだかモヤモヤ。

 Sのボケ、
 元気でちゃんとやっとんのか?

 心配なんかしてやる価値もないとおもっているのに、

 なんでボクはこいつのやることなすことに、
 こんなにもムカついてイライラするんだろう?
 もうほっときゃいいのに……。

 それはけして小さくはない、
 一点の滲みとなって、
 ぼくの胸の内でずっとくすぶっていた。

 そして、
 ほんのつい最近、
 道北のほうへロングドライブして、
 何日間か釣りの旅に出ようとおもって家を出るとき、
 念のためにポストをのぞいたら、
 もはやすっかり見慣れた特徴のある字で住所氏名が書かれた封書が届いていた。

 たしかめるまでもなく、
 Sの字だった。

 封書の裏を見れば、
 見たこともない住所とSの名前、
 そして、
 封筒を糊付けしたところに「検問済み」のハンコ。

 もうこれだけで、
 どういうことかがわかった。

 深夜、
 ほとんどクルマも通らない、
 しずまりかえった高速道路、
 ド田舎のサービスエリアで、
 封を開けた。

 その手紙に綴られた、
 陳腐な謝罪の言葉を流し読みした。
 ……今回の刑期は一年です。さんざん迷いましたがビゼンさんにはお伝えしようとおもって……

 「アホちゃうか!」

 そんなん知らんがな。
 もうなんなと好きにしたらええがな。

 ついでになあ、
 こんな最悪のクソ手紙読んで、
 …ああ、とりあえず身体だけは元気でやっとってんなあ…
 心のどこかで心底ホッとして、
 胸のつかえがとれたように安心してしもたオレもたいがいアホやでアタマ悪いで。

 そしてこのとき、
 なんでこのアホにこんなにイラッとするのかがわかった。

 もうどうしようもなく、
 あらがいようもなく、
 こいつは、
 ぼくにとって、

 友だちなのだ。

 単純なことだ。

 ま、
 とりあえず、
 オレは釣りに行くわ。
copyright © 2004-2005 Powered By FC2ブログ allrights reserved.