BIZENアングラ・アングラーズ
フライフイッシングとフライタイイングに関する話題など
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Rockin' Drifter
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 キングofモスキート 血塗られた蚊。

 ギニアフォウルのセカンダリークイルをウイングに、
 バックフェザーをハックリングした。
 
 ボディはレオンのサドルのハックルストークを巻いて、
 白黒ゼブラな縞模様。

 そんな、
 全身白黒斑点入り乱れるモノクロに、
 目にも鮮やかなシッポの紅一束……。

 ファンシーや~。

 シルバーヒルトンやティール&ブルーなどなど、
 白黒のメリハリ効いてるウエットフライの伝説にあやかりたい下心。

 などと、
 夢みる巻き子さんな気分でワーワー巻き倒しているときは、
 そりゃあもうナチュラルハイで……、
 
 が、

 日々なにくれとなく集中して巻いておりますと、

 しょうじきゆうて、
 煮詰まるダレるなぞしょっちゅうで。

 そんなときふと、
 過ぎしイタイ痛すぎる黒歴史が脳裏をよぎることもしばしばあって、
 ンギギギギと身もだえすることしきり。

 そしてなんでかブログを書くのじゃ。

 

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 昨年の暮れ、
 グラディが亡くなられた。
 享年81歳との由。

 またおひとり、
 ジャマイカ音楽の礎を築いてくれた偉大な巨匠が、
 しずかにザイオンに旅立たれた。

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 Gladston "Gladdy" Anderson
 オーバーヒート社の石井志津男さんが89年に書かれたこの記事をいま拝読すると、
 石井さんとグラディの絆によって、
 我々日本のレゲエ好きがどれだけの恩恵にあやかったのかが良く分かる。

 あのころ、
 そういうことが全然わかってへんかってんなあ。

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 そしてなぜかフライの雑誌18号。

 91年発行だから、
 うっわ25年前やてウッソまじソレやだ。

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 この号の「隣人のフライボックス」コーナーにボク載っちゃったんだよね~ウレシハズカシ。



 そして、
 そのとき一緒に掲載されたプロフィール写真なんだけど、

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 右が当時26歳のクッソバカ。
 左がグラディ。

 当時働いていた渋谷センター街のレゲエのレコード屋さんに、
 たしか89年のスカタライツ日本公演で来日していたグラディが来てくださったときに記念撮影していただいたもの。
 
 たまたま居合わせたお客さんが「カメラあるからお二人で撮ってあげるよ」と言ってくれて、
 「おお~撮って撮って~。グラディ、写真撮ってくれるって~」というと、

 グラディが「ちょっとまって……」つって、
 いきなり背中向けて下向いてベルトをカチャカチャしてシャツのすそ直してズボンをずりあげて服ととのえて、
 「はい、おまたせ」

 そんなことが、
 もう素晴らしく絵になる、
 なんてカッコイイひとなんだろうって、
 見惚れてしまった。

 そして後日、
 京王線の千歳烏山の駅前の喫茶店で、
 フライの雑誌の先代編集長だった故中沢さんと待ち合わせて、
 「隣人のフライボックス」のためのボックスをわたしたとき、
 そのプロフィール写真も念のため数枚持参したんだけど、
 中沢さんは「サカナとツーショット」とか「河原のワタシ」の写真はあっさり却下して、
 「これしかないでしょ」
 と言った。

 どうでもいいことだけど、
 「隣人のフライボックス」コーナーなどという檜舞台に抜擢?されながら、
 この当時の前後数年、
 時間的にも気持ち的にも、
 我が人生でもっともサカナ釣りから離れていた時代だった。

 それから月日はちょい流れて、
 92年のカールトン・マニングとブレン・ダウ来日公演にて、
 再来日されたグラディが店にもまた来てくれて、
 そのとき、
 このフライの雑誌を御本人に見せたんだよね。

 写真を勝手につかってしまって、
 という気持ちもあって、
 「勝手してスイマセン」つったら、
 「え?なんで?」みたいなこと言われて、
 「これはなんの雑誌なんだ?」って聞くから、
 「趣味のサカナ釣りの雑誌です」
 「ふ~ん」

 なんて話して、
 それからレコードの話しもまたいっぱいして、
 スタッフの方が迎えにきたので「明日の公演すっごい楽しみにしてます」とかなんとか言ってサヨナラするとき、
 グラディがツツツと寄ってきて、
 「さっきの雑誌なんだけど、この近くで買える?」って聞くの。
 びっくりして、
 「え?」つったら、
 「ジャマイカに帰ったら家族や仲間に見せたいんだ」って……。

 「これ、プレゼントさせてください。ほんとにありがとうございます」
 

 そしてまた後日、
 中沢さんにそのことを報告すると、
 「おおお~~光栄だなあ、フライの雑誌初の海外進出がジャマイカってのがまたいいんだよな~」
 なぜだかこの話しにエライがばっと喰いついてくれて、
 しきりと「それいいね~、いい話しだねえ、ビゼンくんイイ経験してるよね」
 と言ってくれてうれしかった。
 鼻高々だった。
 「それからさ、今じゃなくてもいいから、ジャマイカやレゲエとフライフイッシング絡めて、なんか書きなよ」
 と言ってくれて励みになった。

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 ジャマイカ大衆音楽が産声をあげた時代から現在まで、
 ずっとず~~~っと音楽の職人でありつづけた巨匠は、
 孤高で、
 唯一無二の存在なのに、
 そんな素振りはつゆも見せず……、

 あのころ、
 当たり前のように享受していたアレコレの経験や出会い。

 それがどれほど貴重で幸運で得難いモノであったのか、

 20年以上も経ってようやくわかったスーパーバカここにあり。

 そんなわけで、
 今夜のお別れに続けて2曲お聴きください。

 
 まずはデニス・ウォークスの名唱につづいて、


 そして、
 Rockin' Drifter


 ぼくらの誇り、
 マスターピース。

 
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