BIZENアングラ・アングラーズ
フライフイッシングとフライタイイングに関する話題など
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おじゃましまん~にゃわ。
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 本日のタイイング机。
 酉年さいしょに巻き倒すコケコッコはやはり!なんといってもこのマダラ模様の羽根ですね。




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 90年代初めの20代のころ、
 レゲエのレコード屋をやっていたとき、
 次から次へとレゲエのアーティストが来日しては公演をやっていて、
 そりゃあもう賑やかなもんだったんだけど、
 ちょうどそのころそんなアーティストたちにインタヴューさせてもらって、
 音楽雑誌にインタヴュー記事を寄稿する仕事もさせてもらったりしていた。

 旬なアーティストから大御所からポッと出の新人を問わず、
 ほんとにたくさんのアーティストたちに話を聞いた。
 もはや20年以上も経ってしまっては記憶も定かではないくらい。

 なんだけど、
 今もなお記憶に残っていて、
 折りに触れどうかしたときに鮮烈に思い出す一幕もまたたくさんある。

 アイニカモーゼという不思議な名前のシンガーもそのひとり。
 ちょうど彼が来日してインタヴューさせてもらったとき、
 当時のダンスホール・レゲエ好きなら誰もがよく耳にした、
 「HOT STEPPER」という曲がジャマイカでロングラン大ヒットになっていて、
 まさに「時の人」感があった。

 こういうとき、
 ジャマイカ人は良くも悪くも調子こきまくる。
 で、
 そこをうまくヨイショすると、
 かならずそのインタヴューは盛り上がりまくる。

 んだけど、
 アイニカモーゼはあれだけのヒット曲を抱えて初来日したにもかかわらず、
 そんな話題はどこか他人事で、
 ものすごく冷静にヒットした要因を分析して語ったりして、
 それがとても印象的だった。

 よい意味でいえば、
 そんな世俗の浮き沈みよりも、
 世の中の不条理を歌うメッセンジャーとしての襟持ちこそ……、
 といったゴリゴリに肩肘張った反体制社会派シンガー。

 あえて悪く言えば生真面目すぎて融通が効かないタイプ。
 ジャマイカン気質としては珍しい、
 ノリで話すのではなく知性で本音を語るアーティストだった。
 
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 たとえば、
 日本での空前のレゲエ・ブームの渦中だった当時、
 ジャパニーズな日本人自称アーティストが各地のクラブやなんかでたくさん活躍していた時代。

 そんな若きニッポン人レゲエ・アーティストをどう思うか?
 みたいな話題になったとき、
 ほとんどのアーティストは大歓迎ムードで好意的に語るんだけど、

 アイニカモーゼだけは、
 「私はジャマイカ人だから日本の歌は歌えない。なぜなら環境も文化もまるでちがうからだ。
 おなじように、ジャマイカの文化のなかで生まれ育った音楽を日本人が本当に理解して歌えるとおもえない」
 というような本音と本質を、
 真面目な顔で言いきってしまった。

 それを言ったらおしまいよ…ってことなんだけど。

 で、
 そんな発言に気を悪くしたかというと、
 個人的にはまったくその逆で、
 どんな質問にも真面目に向き合ってくれて真摯に語ってくれる彼の個性と姿勢に触れて、
 ますますアイニカモーゼのことが好きになった。

 そしてさあ、
 インタヴューもよい感じでほぐれてきて、
 かのボブ・マーリーはじめ歴代の大御所社会派シンガーの系譜というか列伝なんかも話題になったりして、
 「貴方もそんな流れのおひとりですよね、やはりそうしたメッセージを発信できるアーティストこそが尊敬されるべき人物ですね」
 なんてことを言うと、

 「いや、ちがうよ」
 と一刀両断。

 めんくらって、
 「それじゃあジャマイカで民衆からリスペクトされるべき存在って誰だとおもいますか?」
 
 するとさあ、
 「オリバー・サミュエルとか、老若男女問わず人々を笑わせることのできるお笑い芸人たちだよ」
 って、
 当時のジャマイカで国民的支持を得ていた喜劇役者の名前を挙げて即答されたんだよね。

 そして、
 「ジャマイカのゲットーで暮らす人たちは、みんな誰もが深刻な問題とトラブルを抱えている。
 未来の見えないハードな毎日と闘いながら暮らしている。
 おかしくって笑い転げるっていうのは、そんな厳しい現実を、たとえ一瞬であっても忘れさせてくれるものだ。
 ほんのひと時であったとしても、凍りついている気持ちをあたたかく溶かしてくれるものだ。
 そして、笑いは誰にとっても平等だ。
 そんな尊い行為を人に伝えられる喜劇役者たちこそ、尊敬されなければいけない存在だとおもう」

 って熱弁ふるったんだよね。

 生まれ育った文化も環境も考え方もちがうんだけど、
 心の深いところで共鳴できる、
 よい話聞かせてもらったなあっておもった。

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 昨年、
 個人的にとてもショックだったことがふたつある。

 ひとつは、
 10月に吉本新喜劇の井上竜夫さんが亡くなったこと。
 そしてもうひとつ、
 12月にはおなじく吉本新喜劇の島木譲二さんが亡くなられたことだ。

 面識などなにもない芸能人の訃報に恥ずかしながら涙するのははじめてのことだ。

 お二方ともに、
 じぶんにとってはもはや抜きがたい影響を受けた。

 自分が物心ついたころにはすでに舞台で活躍されておられた。
 というよりも、
 自分が物心をつくキッカケを与えてくれた方々だった。

 まだ自分がランドセルを背負っていたころ、
 どこにでもいるようなごく普通に見えるオッちゃんが舞台から出てきて、
 「おじゃましまん~にゃわ」
 と言っただけで、
 なんでこんなにオモロイのや?
 
 顔や行動がオモシロイ人が面白いのはわかるけど、
 なんでこんな普通の人がオモロイのや?

 人間って不思議や……。

 まだ自分のチンコに毛が生える気配もないころ、
 ものすごい強面のおっとろしい顔したヤクザみたいなひとが、
 いきなりモロ肌脱いで、
 「どうやどうや」と言いながら両手でパチパチ胸をたたくだけで、
 なんでオレは笑ってしまうのか?

 怖い顔してワーワー叫んではるのに、
 そこから伝わってくるものは、
 なんでこないにあったかいというか、
 やさしいのや?

 この感覚はどういうことなんや?

 子供のころ、
 その妙なギャップが不思議だった。
 しかしその感覚は自分にとってすごく心地よくて深く馴染めるものだった。

 人間というものは、
 ひとつの顔だけやないんや!
 自分もまたそうなんや!

 そんな、
 自分にとっての人格形成期まっただなかでの「気づき」はまた、
 掘り下げてとらえれば、
 「自分らしく生きてよいのだ、これでいいのだ」
 という、
 「生きるうえでの世紀の大発見」
 にまでつながった。

 大げさではなく。

 そんな発見と気づきは、
 全身これ劣等感の塊だった幼少の自分にとってまさに「革命」だった。

 ぜんぜん大げさではない。

 そしてあれから時は流れまくり、
 自分も大人になりすぎてしまった近年にいたるまで、
 変わることなくご活躍されたお二方の妙技を拝見するたび、
 面識などなにもないのに、
 もはや他人とはおもえない気持ちの寄り添った安心感を感じながら、
 「継続こそ真の力なり」の本当の意味を学ばせていただいた。

 さいごのさいごまで、
 笑わせていただいた。

 最大限の敬愛と尊敬の念を込めて、
 心よりご冥福をお祈りさせていただきたい。





 それにしても、
 嗚呼新年早々またも勢い余ってハズイこと書いてしもたやんけホンマどないしてくれるねん。

 しまったしまったシマクラチヨコ…う~んゴメリンコ。

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